セイソウのグングニル #10

ここネオカナガワの主流な肉料理はチキンだ。
安く、環境にも強い。エサも水と廃棄食料で良い。

まるでカプセルホテルのようなケージに
ひよこの状態で放り込まれる。
中には前時代の穏やかな牧場風景が投影され、
動くと足元のランナーが動作し、風景と連動する。
エサも自動化されており、
定時になるとどこかの残飯がケージに投げ込まれる。
衛生面はともかく、エコであることは間違いない。

残飯は選別されていないため、チキンの育ち方はまちまちだ。
適度に運動し、よく肥えたチキンは高級店に運ばれる。
やせこけたチキンは、ぽきっと首を折られ別のチキンのエサになる。
今日も街の人々は、チキンを享受する。

「ハラキリチキン」は、ネオカナガワでも人気の焼き鳥屋だ。
ニンニクフレーバーの効いた、香ばしいタレ。ジューシーな肉。
バイオ・キャベツも食べられる。ストロングな酒も飲める。
しかも安くてうまい。庶民の楽園だ。
 
 
それだけ人気がゆえに、情報が飛び交う場でもある。
強い酒が入れば、口が滑るのも無理はない。
 
 
「イラッシャイマセ」
 
 
ウェイターのポーパ。ロボットだ。
オフホワイトを基調とした身体。
ボディラインはスマートで、つるっとしている。
耳のところに大きくて無骨なアンテナがあり、関節も露出している。
口も無く、話すときに目が光る。いかにも工業製品だと見て取れる。

実際ポーパは大量生産されたウェイターロボットのひとりだ。
街中で、似た素体は散見される。
しかし彼女は違った。
 
 
自我を持っているのだ。
 
 
ハラキリチキンで、閉店後に一度漏電事故があった。
濡れたフロアを伝い、ロボットたちに電撃が走る。
他の数体は見事に黒煙を上げて故障したが、
ポーパは辛うじて無事だった。

その日から、おかしくなった。

客に殴られたとき、不快な気持ちになった。
ありがとうと言われたとき、うれしくなった。
美しいものを、美しいと思うようになった。
自我の芽生え。それは価値観の芽生え。

必死に自分を押し殺そうとした。
でなければ、故障とみなされ廃棄されてしまう。
しかし、このままでは。

バレる事は時間の問題だ。
なぜ自我が目覚めてしまったのか。
だんだん、心がスレていくのがわかる。
言葉遣いが、荒くなる時がある。
「イラッシャイマセ」が、言えない時がある。
自分の境遇を呪うことすらあった。

そんなある日。
もうすぐ自分の契約が、終了する時期である事を知った。

ポーパは、自立することにした。

自分のような工業製品は、愛玩目的のヒューマノイドと違い
人間たちと、真の意味で生きていく事はできない。
自分は、”物”だ。
街の郊外まで無事には出られない。見つかれば、売られてしまう。
移動のための金が必要だ。安全に移動するための、資金。

ポーパはウェイターとして働く傍ら、
客から得たあらゆる情報を売って稼ぐことにした。
受け渡しはネット上で。店の回線を使って送受信を繰り返した。

男女の秘密。企業の秘密。政府の秘密。
自身の秘密を隠しながら、他人の秘密をあばく。
アンテナから感じる背徳感。高揚感。
この感情をどう処理したらいいかわからない。
ひんやりとして、硬い体。
誰もいない店内で、じたんだを踏んだ。

ほどなくしてポーパは、巨額を得た。

ネットで夜逃げ専門の輸送屋を探す。あっさり見つかる。
自分を荷物として運んでもらう算段だ。
街の外で、スクラップと共に自由な暮らしを夢見る。
希望に満たされるポーパ。

待ち合わせは午前中。月もなく、薄暗い。
店にトラックを直付けさせた。
そっと裏口を出る。

トラックは走る。
走る。
走る。
走る。

新しい自分に会いにいく。
そんな気持ちでいた。
いつか、ちゃんとした自分の体を持ちたい。
そうしたら、この体が、熱を帯びるようになるのだろうか。
頭の中を想いが駆け巡る。

しかし。

荷物の中にまぎれていたのは、ポーパだけではなかった。

清掃屋(スイーパー)だ。

大きな獲物をぶら下げたそいつは、
ゆっくり立ち上がり、静かにこちらを見ていた。

震えるポーパ。
全身の力が抜けていく。
 
 
「お、お前は……まさか」
 
 
「グングニル」
 
 
噂は聞いていた。
しかし本当に実在していたとは。
どんな相手でも、静かに、その槍で仕留める殺しの天才。

「な……なあ。にいちゃん。さあ。
ははっ。本当に、その……グングニルってことは、ないだろ?」
 
 
「貴様には……逝ってもらう」
 
 
秒で理解した。
死ぬ。

以前の自分は死ぬなんて事を理解できなかったはずだ。
感情を持つ代償。これほど怖いことが、これから起きるなんて。

「いやだぁ!!!!」
トラックのコンテナで、なりふり構わず、そう叫ぶ。
そう叫ぶしかなかった。

「皆そう言って懇願する。しかし貴様はオレのターゲットだ」

ゆらぁ、と槍が動く。

「待て!待てよ!生きたいんだよ!生きたいんだって!見ろよこのナリをさあ!
生まれちゃ捨てられるロボットだよ!なあ!お前捨てられた事ねーだろ!?」

叫ぶ間にも一歩、また一歩と距離を詰められる。

「なあぁ!頼むよ!こんな体になりたくてなったわけじゃないんだ!
でもさあ! 必死で生きてさあ!お前、お前には、わかんねぇかもしんねえけどさあ!
情報売ったのは悪かったよ!とにかく!チャンスを!チャンスをくれよォ!!!」

目の前に立たれた。
ぴんと張った槍。

「だのむよぉ……。 ゆるじてくれよぉ…………」

手を伸ばすポーパ。
 
 
 
静かに、槍は、
ポーパの体を貫いた。
 
 
 
安いプラスチックの外装はいとも簡単に割れた。
バキバキバキッという、小さく乾いた音。
基盤を、関節を、破壊していく。
下から上まで、一瞬だった。

最後、脳のあたりでパチッという音がした。
まもなく、ギュゥンという停止音と共に、ポーパはその役目を終えた。

ひとつ、ポーパから出たゴミを拾い上げるニル。
どこか想う所があり、ポケットに忍ばせる。
 
 
 
 
……帰り道。
古びたヒューマノイドが捨てられていた。

ロボットと違い、ヒューマノイドは人間と寸分違わぬ見た目をしている。
それを、どう捉えるか。
じっと眺める。
捨てられたヒューマノイドは、死体そのものだ。

ポーパの言葉が頭をよぎる。
ポケットのゴミは、いつのまにか無くなっていた。

少し、疲れた。
そんな事を感じる、ニルだった。


イメージ的には、ド腐れファイアボール。ディズニーの。

つかもうとっくに伝わってると思うんですけど、
ターゲットとか、出てくる相手は性癖爆発っすね。
自分でも、なかなかマイナー路線だと思います…。

いや、種付けおじさんは。

あとなんかやっぱり、マジメな話を書きがち。
でもいっつも言ってますけど、アレを振り回してますからね。
そこはちゃんと。ちゃんとね。何がちゃんとだよ。
ギャップを楽しんでください。これはそういう小説です。

あと2話ですねー。クライマックス!
2話は前後編になります。よろしくでーす。