セイソウのグングニル #11

--ない。

イヴァルディの姿が。
 
 
いつも通りの仕事。
いつも通りの結果。
いつも通りの日常。
事務所に戻ってくるまでは。

違うのは、イヴァルディがそこにいないこと。

何かの冗談だと思った。
テーブルの書き置きを見る。戦慄が走る。
 
 
「トネリコまで来い」
 
 
置きっぱなしの端末。非通知の着信。
いてもたってもいられず、外に飛び出すニル。

トネリコ。
街の中心部から、だいぶ離れた位置にある塔。
確か、神話に出てくる樹の名前。
いや、樹の種別だっただろうか。

下層の中で最も高い建築物。
先端部には月の映像を投影する映写機がある。

巨大なアンテナ。
データセンター。
オフィス。ホテル。商業施設。
街中では珍しい、政府の建造物。
賑やかだが、富める者が出入りするため
人通りはまずまずというところか。
裏口には職を求めて多くの人間がたむろしている。

塔の周辺には両手で抱え切れないほど巨大なケーブルが
あちこちに根を張っている。
まるでこの街を侵食しているかのようだ。
塔そのものが宇宙からの侵略者なのだとうそぶく者もいる。

……内部から行くのは危険だ。死人が増えるかもしれない。
外側からケーブルをたどる。

鉄塔の根本に到達する。
空を見上げる。
頂上は薄暗く、目視できない。

「……やるか」

ニルは槍をバネのように丸め、意識を集中しバネを押さえ込んでいく。
「はっ」
声とともに、バネを一気に開放する。
ギュン、という音とともにニルは跳んだ。

まるで気を開放したかのように跳んでいく。
いつもより遠く、高く。
イヴァルディへの想いが、力となって加速される。

あっという間に頂点近くまで上り詰めた。大きな踊り場に出る。
 
 
上のフロアには月の映写機がある。
周りはフェンス。いくつかアンテナがついている。
下は金網。吹き曝しだ。

ふと中央の柱に目をやると、
ぐったりとしたイヴァルディが倒れていた。
血を流している。相当いたぶられたようだ。
 
 
「イヴァルディ!」
 
 
向かおうとしたその瞬間、何かが迫る気配がした。
とっさにのけぞるニル。ヴォン、という音。間髪でかわす。
 
 
「やるじゃん。”槌(ツチ)”をかわしたね」
 
 
黒に近い、紫の髪。まるで蝙蝠の羽のような、短いツインテール。
妖しく光る赤い眼。小さめの体躯。
そして、禍々しくそびえる、巨大な槌。

「……誰だ」

「んん?名前ぇ?」

ニヤッと笑う。ギザギザの歯。
トン、と地面を蹴る。ニルの目前に迫り、高速で槌を振り下ろす。
即座に槍で受ける。

「!?」

重い。まともには受け切れない。
なぎ払い、受け流す。距離を取る。
 
 
「ルキだよ。おにいさん、”それ”、いいね」
 
 
背筋がぞくっとする。
同じ能力を持っている。
いや、それよりも、この雰囲気は…

イヴァルディに近づくルキ。
イヴァルディの頭を撫でる。イヴァルディは無反応だ。
髪を掴み、頬を舐める。
「んふっ。このおねえさんが必要でさ。もらいに来たんだ」

「……渡さない」

「本当は味見したいんだけどね?ママがダメっていうんだ……
だから……おにいさんにしよっかなって」

「絶対に……許さん」

「あれぇ?ザコのくせにそんな事言っちゃっていいの?」

「……」

「ねえ?出来損ないのクソザコに・い・さ・ん?」

遠くから高速で槍を突く。
ルキは真正面から槌で槍を弾く。
ガイン、という音が辺りに響く。
「ぐっ」
全身に衝撃が走る。まずい。体勢が崩れる。

「ざぁんねん」

足元を掻くように槌を叩きつけ、反動で距離を詰めてくる。
速い。
そのまま槌を横から振る。
受け身をとりつつ、槍を引き戻し防御する。
かろうじて身体への直撃は免れたものの、
ルキの攻撃は重く、勢い良く吹っ飛ばされてしまった。

金網の軽い音。身体が少し痺れている。
ゆっくり歩いてくるルキ。

「ねえねえ、こんな小さなガキに逝かされちゃうなんて、恥ずかしくない?」

けらけらと嘲笑う。

「ざーこ。ざこザコ!」
まるで子供のようにはやし立てる。
 
 
「いや……まだだ」
 
 
ゆっくりと立ち上がるニル。どこか落ち着いた様子だ。
空中庭園から墜とされて以来、これまであらゆる敵と戦い、
幾度となく逝かせてきた。

経験人数なら誰にも負けない。
少し槍を縮め、構える。そして、
 
 
「スペル・マシンガン」
 
 
槍から大量のショットを飛ばした。

「なっ……!」

ドババババッ、とルキの足元と槌を白く染め上げていく。
絡みついて離れない液体。倒れることも許されない。
足下の金網からもったりとした滴が垂れ落ちる。

「貴様の動きは封じた。……これで終わりだ」

「卑怯だぞ!こんなマネして! ザコだからこんなやり方しか……」
「ザコでもなんでもいい。生きるか逝くか、それがすべてだ」

槍を構える。
狙いは一点。
勢い良く、槍を放つ。
ヒュバッ、という風切り音。
しかし。

「じゃあ……」
少し腰を落とし、槍を正面からとらえるルキ。
 
 
「お前が逝けっ」
「なっ!?」
 
 
思わず声をあげた。
ルキは槌のパワーで液体を引きちぎるとともに、
向かってきた槍に対し、槌でアッパーをおみまいしたのである。

ドカッ、と上のフロアに叩きつけられる槍。
どさりと落ちたそれは、まるで意識を失った龍のようであった。
動かない。力が入らない。

槍を見下すルキ。
脚で踏みつけ、ツバを吐く。

「ぐあっ」
「ちょっとびっくりしたかなあ~。でも……」

ゆっくりと歩いてくるルキ。
激痛で膝をついたニルを覗き込む。

「やっぱりダメダメのクソザコ生物だったねぇ~!!!!」
槌を掲げ、高笑いするルキ。

身体は動くが、槍の先はぴくりともしない。果てている。
自分はどうなってもいい。
でも、イヴァルディ。イヴァルディだけは助けたい。
必死に考えをまとめようとするニル。

「……そうだな」
「は?」

体勢を変え、後ろに手をつき、
座り直すニル。

「確かに……貴様には敵わなかった。完敗だ」
「?? なにを言って……」

「最後に頼みを、聞いてほしい」

何か、イヤな予感がする。
そう感じたルキだった。しかし、遅すぎた。
「お前、何を--」

次の瞬間。ゆっくり動かしていた槍の柄の部分が、
ルキの足をとらえた。
パァンという乾いた音とともに、
ルキを転ばせたのだ。

「うわっ」

刹那。
ニルは走った。
そして、腫れ上がった槍の先を抱える。
まるで消火ホースを構えるように。
 
 
「てっ……めええええ!!!!」
 
 
ルキが襲いかかる。
呼吸を整えるニル。

「これで終わりだああああああッッ!!!!」

槌を振り上げる。
 
 
「かかったな」
 
 
一番スピードの乗っていない瞬間。
槌を振り上げて、頂点に達した瞬間。
そこを目掛けてショットを放った。

「んあっ!?」

槌は天井にぴたりと張り付いてしまった。
その瞬間を、ニルは見逃さない。

外そうと力を入れているルキの背後につく。
しかし、足が少し宙に浮いているせいで、うまく力が入らない。

「……っ!」

ルキは生唾を飲み込んだ。何か強烈におぞましいものを感じた。
腫れ上がった槍の先端は、目を覆うばかりの大きさであった。

「これは、わからせないといけないな」

抱えた槍は、動かせるまで回復していた。
「まっ……まって」

「貴様には……逝ってもらう」

「ちっ…違うのっ!本当に!本気でそういうんじゃないから!
こう見えて結構いいトシだしぃ!わかってるから!わからせるとかそういう」

ルキの首のあたりを、槍でコンコンとノックする。
血の気がひく。
首に腕をかけ、締め上げる。
「ぐっ……ごっ……ごめんなしゃ」

ドチュンッッ

そのまま全身の体重をかけ、果実をもぐ様に、ルキを槍で貫いた。
大きく痙攣し、一瞬で白目を向く。
完全に意識は切れているが、さらに続ける。

「スペル・マキシマム」

ゆっくりと、大量の液体を注ぎ込む。
水圧ロケットと同様の原理が作動する。
体がみしみしと音を立てる。
首に腕をかけてなお、口からごぼごぼごぼっ、と液体が流れる。
何か言っているようにも聞こえるが、もはやわからない。

ぱっ、と腕を離すやいなや、水圧でそのままルキは天高く、天高く、
だらしないポーズで飛んでいった。

……イヴァルディのもとへ駆け寄る。
かろうじて息はしていた。

しかし、彼女が事切れるまで、
一刻の猶予もなかった。
(つづく)


つづきます。

わからせるっていうことを、真剣に書きました(真剣に書かれても)。

次回、最終回です。
イヴァルディの運命やいかに!

なんか、今更ですけど
種付けおじさんは爆散した破片がずるずると集まって
そろそろ新たなる種付けおじさんとして復帰してそう。
きもちわり。