セイソウのグングニル #03

「最近依頼が増えたわね……」
イヴァルディがこぼす。

「お金貯まるのはいいけど……たまには買い物でも行きたいな」
「そうだな……」
「ねえ、ニルはそういうの……ないの?」
「何がだ」
「例えばその……さ。好きな人と出掛けたり」

少し間があく。
「無くは……ない」
「何それ?」
「……」

「……はあ」
少し呆れた調子のイヴァルディが依頼に目を通す。

「うっ……、これ」
「どうした?」
「ターゲットは40代後半……男性、体格は170cm・90kg程度……」
「男性……」
「名前はベイン=オオタ。街の女性を催眠状態にして襲う通称……”種付けおじさん”」

「種……なんだって?」
「何度も言わせないで。種付けおじさんよ。政財界の大物の娘を手籠にしたとか……」
「やり手だな」
「あなたが言うなんてね。……やれるの?」

「無論だ。だがまずは、居場所を掴まねば」

お気に入りの黒いスーツ、ワインレッドのシャツ、短めの黒いネクタイ。
持ち物は事務所のカードキーのみ。
獲物である”槍”は、普段は後ろに回して尻尾のように見せている。
先端にはイヴァルディが作った、ファーのついた帽子が被せてある。

槍の先端を覆っているため、何も問題は無い。
そうして彼は今日も、獲物を探す。

中心街。
駅は目の前。大きな広場。地面に白線の跡。
今となっては、その白線に意味を求めるものはいない。
ひしめく人、人、人。行き交うホバーカー。ホログラム広告。レーザーネオン。
屋台の匂い、香水の匂い、乾物の匂い、薬品の匂い。
水は高値で取引され、水より安いアルコールが飛ぶように売れる。
生花は宝石よりも高価で、まず下層の人間には手が出せない。
雑多な音楽がそこらじゅうで聞こえる。

そしてここにいる誰もが、ネットの繋がりだけでは満たされなくなっている。
出会いと刺激を求めて、今日も人は街をさまよう。

「ようシッポのにいちゃん!どうこれ!見ていきな!」

屋台でガラクタを売る女。
薄いピンクのバクハツ頭。まるでパンダのようなアイライン。無数のピアス。
体中の傷に縫合の跡。破れたTシャツ。はだけた胸。
若い見た目だが、あぐらをかきまるで老婆のようにキセルを蒸す。
名は、オクラル。

「……」
「なんだいノリ悪ぃな。それともアレ?例の名前で呼んじゃう?」
「……っ」
「まま、そういう顔すんなって。欲しいんだろ?いつものやつ」
「ああ」

「入んな」

屋台を放り出して裏の店へ連れていくオクラル。
中には大量のサーバとモニタが山と積まれていた。
彼女の本当の仕事は、情報屋だ。

「さて……今日は?」
積みあがった電子機器の前に座るオクラルは、
さながらどこかの仙人のようだ。

「こいつを探している」
種付けおじさんの写真を見せる。

「なんだ……あんた、本気か?」
ニルが探しているということは、
ほぼ間違いなくそいつを殺すということだ。
オクラルにはそれがわかっている。

どう殺すか、という事も、わかっている。

「まいっか。そいつ……は、この近辺のアパートに住んでいる。地図は……」
どこからか引っ張り出してきたキーボードをチャカチャカと打つ。
タバコのヤニで見事に変色している。

タン、とリターンキーを押す。
ぎぎぎっ、ぎぎぎっと古びた感熱紙のプリンターが紙を吐き出す。
ぞんざいに千切られた紙切れを受け取るニル。

「そこに行けばいい。まったく今時、端末も持ち歩かないなんて……」
端末とは、携帯電話の事だ。
スマートフォンのような端末もあれば、ガラケーのような端末もある。
おもちゃの携帯にチップとモニタを埋め込んで使う者もいる。

「……支払いは後日」
「毎度どーも!……それにしても」

おもむろにニルの元に近づくオクラル。
そっと槍を手にし、すりすりとやさしく撫でていく。

「ほんっとうに立派な槍だねぇ……。このむせるような香り……」
すこしとろんとした表情でやわらかな槍を頬に当てる。
「この体で一度、お相手してもらいたいわぁ……」
何かスイッチが入ったように、
ぎゅぅっと、槍を愛おしそうに抱きかかえ、顔を密着させ、深呼吸する。

「相手……してやろうか?」
そう言われ、はっとするオクラル。
「いや、冗談!シャレにならん!死にたくないわ!」
槍から手を離す。

「……まあ、今際の際にはお願いしたいもんだね」

オクラルの店を後にする。
目指すは、種付けおじさんことベイン=オオタの住処。

あっさりとたどり着いた。
セキュリティも何もない、昔ながらの古いアパート。
下層の貧民は未だに電子ロックのかからない家に住んでいる。
下水の臭い。じめついた空気。

…いる。

戦闘態勢に入る。
さっきまでシッポのように大人しかった槍が、
次第に強力な硬さを帯びてくる。
静かにドアを、槍でノックする。
返事がない。
だが、確かに人の気配がする。

「失礼」

そう言うとニルはドアを突いた。
バキョッという音とともに、カギとチェーンが外れる。

「!」
中には、精気を失いぐったりした様子の少女が数人いた。

その横で、ベッドに座りパンツ一丁でタバコを吸う1人の男。
「……なんだ?」
間違いない。こいつだ。
こいつが、種付けおじさん。

男はゆっくりと立ち上がる。
ゴキゴキと首を鳴らすと、ニルの容姿を見て
「なんだ……仲間か」と言い、ニヤリと笑った。
「あんた強そうだな……。何が目的だ? ……オレと一緒に楽しみたいのか?」

「貴様には……逝ってもらう」

「そうか」
男は笑みを強める。くすんだ歯がのぞく。

「だが私にそれができるか……なっ!?」

言うなり端末の画面をかざしてくる種付けおじさん。
妖しいピンク色の光がニルを襲う。

「ぐっ……!」

催眠アプリだ。
相手を都合のいいように動かすことができる、都合のいいアプリ。
まさか実在したとは。

「さあさあさあさぁああ! お前も言いなりになれぇッ!!!」
光はどんどん強まっていく。
「ぐはっ……! ご……ご主人……さ…………」
「ふわーーははははは!!!! さあ!貴様も従順なメイドになれ!! そして闇市で貴様を」

ドジュッ
「ほぅっ!!?」

まるで、時間が止まったような気がした。
静寂。
持っていた端末が、手から滑り落ち、ゆっくりと落ちる。
槍は、大きく弧を描き、後ろから種付けおじさんを貫いていた。

「な……ぜ……」
だらりと崩れる種付けおじさん。
どこか明後日の方向を見つめながら、ゆっくりと話す。

「さっ……催眠アプリは、完璧の……はず。なのに……どうして……」
「簡単なことだ。意識の一部を槍に転移させた」
「そん、な……。本体は……抜け殻だった、と……言う……のか」

「さあ……止めだ」

串刺しにしたまま、手も使わずに種付けおじさんを持ち上げる。
種付けおじさんは痙攣をおこすばかりで、身体中が動かない。
手足を大きく広げ、息を吸うニル。

「罰だ」
そう言うとニルは、全神経を槍に集中させた。
槍の根本が淡く光り、次第に肥大化していく。

「スペル・マシンガン」

刹那。
ズドドドドドドドドドドドドドッ--
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!! 」

まるで禁忌の魔法(スペル)が如く、
バリウムにも似た大量の液体が、力強く、体内に叩き込まれた。
体内を高速で飛ぶ液体は骨を折り、内臓をつぶし、容赦なく広がっていく。
ボコボコと音を立て、腹がどんどん膨らんでいく。
「あばばばっばばばっばばばばば」
そして--

「がっ」

ドーーーーン……

くぐもった破裂音とともに、種付けおじさんは爆散した。

意識を取り戻す少女たち。
気がついた時すでにニルは、いなかった。

少女たちはどこか英雄の匂いを感じ、帰路に着くのだった……。


キライなんですよね、種付けおじさんが。
なんか気持ち悪い。
そんなおじさんいたらイヤじゃないですか。
だから殺しました(笑)。

いや正確には、なんか、あの、
不自然な気持ち悪さのおじさんがね、
いるじゃないですか。
わかります?進撃の巨人の後半に出てくる、みたいな顔の。
顔が過剰なやつ。そういうのが苦手です。

せっかくの空想世界なので、
相手はかわいいか、イケメンがいいですね。
まじめか。

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