日常。毎日のように届く依頼書。そして報酬。
依頼をさばくのは、イヴァルディの日課。
イヴァルディは、空中庭園グラズハイムの政府建屋に席があり、
本来の住まいもその周辺にある。
しかし今は、理由あって清掃屋(スイーパー)ニルとともに
この下層ビルの一室で毎日、寝食をともにしている。
事務所兼住居。
イヴァルディの部屋。クローゼット、ベッド、テーブル。
なんとも女っ気のない部屋だ。
テーブルを使うときはベッドに座る。
テーブル上にはタブレット端末とキーボード。封書。素っ気ないカップ。
枕元には妙に頭身の高い猫のぬいぐるみが置いてある。作りは良くない。
デスクもあるが、使われていないパーソナルコンピュータと
ビデオ・フォンが置かれている。
すべてニルの持ち物だが、埃をかぶっている。
そう、この部屋は元々、ニルの部屋なのだ。
今ニルはリビングで生活している。
革張りのソファがベッドがわり。
お気に入りの服はポールにかかっており、それ以外は雑然としまってある。
そして長いテーブル、古いテレビ。電池の切れたリモコン。
「おはよう。……行儀悪いわね」
テレビの電源を自慢の槍で押すニル。
ニルはニュースを見ながらプロテインを補給する。
イヴァルディは”泥水よりマシ”というコーヒーを飲み、パンを食べる。
おはようと言っても、実時間は昼だ。
夜に仕事をするのだから無理もない。
なお、昼間が澄み切った空かというと、そうではない。
スモッグに覆われていつも薄暗いのだ。
対して夜はというと、月の映像がスモッグに映し出される。
なんでも、先の戦争によって月は消滅したらしい。
そこで時間の経過を示すため、そして月が恋しい人々のために、
政府があえて、月を映している。
月は夜のアイコンだが、何よりもロマンチックで神秘的だ。
いつも暗いこの世界に生きる物にとって、
月は安らぎを与え、街のネオンともマッチする大事な明かりなのである。
話を戻そう。
昼過ぎからはイヴァルディ、ニルともに自分の業務に打ちこむ。
イヴァルディは受け取った依頼をさばくほか、金銭管理なども行う。
一応のけじめとして、スーツを着る。
ニルは、トレーニングに明け暮れる。体が資本というわけである。
イヴァルディが外出する時は、必ずニルが送っていく。
特に治安が非常に悪いエリアでは、イヴァルディを小脇に抱え、
槍をまるでフックのように使い、ビル間を飛び回る。
イヴァルディはこの時間が好きらしいが、
ニルはそれに気がついていない様子だ。
日中のワークを終えた後は、夜を迎える前に腹ごしらえをする。
ほとんどが、外食。
屋台がひしめきあう商店街で好きなものを食べる。
スーパーもあるにはあるが、生鮮食品はほとんど売っていない。
何より、家ではまともに飲める水が出ないのだから、
料理すること自体、かなりリッチな趣味なのである。
ヌードルショップMEIJINはいつも盛況だ。
「ナニニシママスカ」
旧式のロボット店主が聞いてくる。”マ”がひとつ多い。
中身はうどんにとても似ている。
トッピングを沢山頼もうとすると
「フタツデジュウブンデデスヨ」と声をかけてくる。
昔からお決まりのセリフだが、ただそれだけではない。
沢山頼む輩は食い逃げをする可能性が高いからだ。
いつでもガトリングを掃射する準備はできている。
イヴァルディは巨大なエビ天。ビール。そしてヌードルは大盛り。
ニルは決まってタマゴと、チキンを乗せる。
「これ、本当のエビなのかしらね」
もったりしたエビ天をハシで持ち上げ、しげしげと見る。
「そんなエビはいない」
「そうね……でも味は悪くない」
街に来たての頃のイヴァルディは、
暮らしに馴染めず食事もままならなかった。
今やすっかり溶け込んでいる。
「ねえ」
ふいにイヴァルディがニルに聞く。
ほんの少し、酔っているようだ。
「なんだ」
「今も……あたしの事、恨んでる?」
「またそれか」
「答え、聞いてないから」
「恨んでない」
「本当に?」
「他に言いようがない」
「何それ」
静かに席を立つニル。
「ねえ!」
槍をとっさに握るイヴァルディ。
槍の先から何かが少し出て、通行人にかかる。
「ごまかさないで。あたし……」
「恨んでなんかいない。むしろ」
「むしろ?」
「……時間だ。いくぞ」
「あっ……ねえ! ちょっと! 置いていく気!?」
足早にその場を去る。
ここからが本当の仕事だ。
ニルはスーツに着替え、己を奮い立たせる。
イヴァルディは、ニルにすべてを任せるのみである。
自ら直接、殺しに加担しない。
ただじっと、事務所でドライ・ランドリーをかけながら
彼の帰りを待つ。
今日は2時間ほどで帰ってきた。
ターゲットは女性、20代後半。名前はワカノ=ウカタ。
普段はゴシック姿で占い師をしていた。
訪れた客を殴りつけ、昏倒しているスキに違法薬物を摂取させて
薬漬け状態にし、無理やりドラッグの上客にして金を奪っていた。
自分の師匠や育ての親をも手にかけていたらしい。
帰りがけのところを槍でひと突き。
危なげもなく、一瞬だった。
「お見事……ね。さすがグングニル」
「やめろよ」
「そんな事言って……意外と気に入ってるくせに。その名前」
「……」
シャワーを浴びる。ストレッチをする。本を読む。就寝準備。
「ねえ。さっきの話なんだけど」
思い出したようにイヴァルディが切り出す。
すでに寝息を立てているニル。
「……もう」
仕方なく、ぬいぐるみを抱いて横になる。
また昼に起きるのだろう。
でも、こんな生活も悪くないと感じるイヴァルディであった。
日常の回ってスキで。どんな作品でも。
ドラゴンボールで天下一武道会が終わった後、
悟空とみんなでメシ食うとか、あるじゃないですか。
ああいう普段描写って、なんかいいんですよね。
ずーっと頑なに、槍がぶらんぶらんしてますけど。
あっちなみに、前回の話の中で、
「槍の先に帽子を被せてる」って一文があるんですけど、
それを入れるか入れないかで半日悩みました。
悩み方が頭悪い。