セイソウのグングニル #08

(つづき)
実験の最終試験を終えた
サイナス=ヤーナとシーラ=ヤマザキ。

サイナスは自分の姿に、それほど衝撃を受けなかった。
元々どうなってもよい覚悟で臨んでいたため、
あっさりと、全てを受け入れることにした。

シーラに自ら声をかける。
「またがんばろう」

その一言で、シーラは救われた気がした。
強い絆。信頼。
「……うん」

しばらくはサイナスのリハビリが続いた。
日中は二人で数値を取りながら、訓練を積んだ。
まるで、新婚生活のようだった。

一週間後のある日。
リハビリを終え、今後について話をしていると、
1人の女性が、やってきた。

「研究は……一応の成果を出したようだな」

彼はウォックス総監。細身で筋肉質。
サングラスがトレードマークだ。ネオカナガワ警察のトップである。
普段はまず目にかかれない人物だ。緊張が走る。

「キミ達が……なぜこの研究を成し遂げたのか。わかるな」
「……平和のためです」
「よろしい。では、早速だがその力を試してもらう」

スッと、サイナスを手持ちの警棒で指し、
静かに命令する。
 
 
「北部地域の住民を皆殺しにしろ」
 
 
「……!?」

北部は確かに、元々東京だったということもあり
住民同士のいざこざが、他の地域より多い。
しかし……

「全員……ですか?」

「聞こえなかったのか? 全員だ。殺せ」

「……お断りします」

「なんだと?いいから殺せ。すべてだ。警察の人間も殺して構わん」

瞬間。
サイナスの股間からだらりと伸びている”それ”が、
瞬間的に動き、パァン、とウォックス総監をビンタした。

ウォックスのサングラスが吹き飛ぶ。
頬が大きく腫れている。
自分でもよくわからない。
しかし、初めて自分のそれが思い通りになった瞬間だった。

「……お断り、します」
「そっ……そうです!罪なき人々を意味もなく殺すなんて!」

よろけるウォックス。
ぎりっ、と歯を軋り、ゆっくりとサングラスを取る。

「……意味は、ないだと?」
サングラスを胸ポケットにしまう。

「大有りだ。人口は爆発し日に日にスモッグは強くなっていく。
下層が完全なる死の大地になるのも時間の問題だ」

サイナスを睨みつけ、続ける。
「はっきり言おう。下層の連中など生きる価値がない。虫けら同然だ!
不要な連中を間引き、地球を空中庭園のような元の姿に戻す!
そして選ばれし人間だけが住む世界を築く!
これこそが! 争いのない真の平和なのだ! さあ! 平和のために殺してこい!!」

「それは貴様の勝手な言い草だ。そんな事をする権利はない」
 
 
「ならば……、お前はこの場で追放だ!!!」
 
 
ウォックスが警備を呼ぶ。警備はサイナスのあらゆるところを掴み、持ち上げる。
「はっ……はなせっ!」
思うように動かない。力が入らない。
 
 
そのままスモッグに、無情にも投げ捨てられてしまった。
 
 
「うわあああああああああああーーーーーーーーっっっ……」
「サイナス!!!」
沢山の警備に咎められ、何もできないシーラ。

「なあ、シーラよ」
ニヤニヤした顔でウォックスが続ける。

「お前は出来損ないの研究者だ。当然ながら……降格だな。
ここに席だけは残しておいてやろう……。私は慈悲深いからな」
「……っ」
「まあ裸にでもなって? お茶でも運んできたら? 許すかもしれんがな」

ウォックスは高らかに笑い、去って行った。
 
 
 
 
涙が止まらない。
自分がふがいない。

研究は失敗だった。そしてサイナスはおそらく……死んだ。
生きていたとしても、あんな、一生残る”傷”を負わせたのだ。
またがんばろう、なんて。
もうがんばれない。がんばれないじゃないか。

サイナス。サイナスがいない人生なんて、考えられない。

とにかく成功に向けて一生懸命だった。
ずっと一緒だった。
でも、成功しなかった。
成功しなかったどころじゃない。
成功してはいけない研究に足を踏み入れたんだ。
最初から、負けが確定していたんだ。

失敗は成功の元だなんて、ウソだ。
人生には絶対に失敗しちゃいけない時がある。
それを、私は失敗したんだ。

サイナスの人生を、ふいにしたんだ。

動けなかった。
立ち上がることさえ許されない気がした。

……何時間経っただろうか。
重い腰が、ようやく上がった。
フラフラと夜道を歩き、自室に戻る。

サイナスに似せたぬいぐるみ。
じっと見つめる。
今日あった事が容赦なくフラッシュバックする。
今までしたこと、感じたこと、すべてが罪悪感となって襲い掛かる。

夜が明けた。

気がつくと床に伏せていた。
久しぶりに仕事を休んだ。
ぼうっと外を見る。
おもむろにシャワーを浴びる。
おでこが痛む。見慣れない傷。おそらく打ち付けたのだろう。

「……何にもなくなっちゃったな」

鏡に向かい、ぽつりとつぶやく。
その日は、何もせず、ただ、ひたすら寝ていた。

翌日。遅れて出勤した。
上司が慰めの言葉をかけてくれた。
まったく耳に入ってこない。

翌日。遅れて出勤した。
研究はもうできないと悟っている。
ちょっとしたルーチンをこなす。

翌日も、その翌日も。ルーチンをこなす。
代わり映えのしない日々。
 
 
1ヶ月が経った。
 
 
自分が、ただ息をするだけの生物に思えてきた。

そんな時。

一本のビデオ・フォンがかかってきた。
知らない番号。
恐る恐るとってみる。

「ああどうも。オージンと……呼んでもらおうかな。
このビデオ・フォンの……使い方がわからないとね。彼に言われてね。
私も……そういうのは疎いんでね。
長話はしない方がいいかな。後は、わかるね。それじゃ」
 
 
何かを全身が駆け巡った。
怖いほどの高揚感。
 
 
とにかく持ち出せるものを全部、圧縮トランクに入れた。
パーソナル・ワークステーションを使い、番号から場所を特定。
あわててデスクをとびだし、自宅の荷物をまとめた。

会える確証はない。
でも、いても仕方がない。

デパーチャー・ゲートから下層へ。
大量に荷物を持った女。奇怪にもみえた。
なりふり構っていられない。
走った。
ゴロツキが声をかけてきた。躊躇いなく発砲した。
命中したかどうか、もう覚えていない。
 
 
ここだ。
薄汚れたビル。8階。801号室。
 
 
激しい緊張。インターフォンを押す。
まるで、初めて彼氏の家に来るかのような。

思えば研究仲間として常に一緒にいたが、
ずっと恋愛対象にするべきではないと、自制していた。
そうやって考えれば考えるほど緊張する。
 
 
少し間が空いて、
扉から。
 
 
彼が出てきた。
 
 
 
「遅かったな」
 
 
 
「……いいじゃない、別に」
 
 
 
精一杯の返事。いろいろ話した。これまでの事、これからの事。
そして、
これからサイナスが、そしてシーラが、何をするか。何をすべきか。

「名付けた。すべてを貫く、グングニル」
「だっさ」
「……いいだろ」
「じゃあ私は、それを作った……イヴァルディね」
「……いい名前だ」
「ところで……ねえ」
「なんだ」
「グングニルって長ったらしいから、ニルって呼ぶね」
「……」
「はい決定。そのコップ、洗っておくから出して」

失われたと思っていた、希望がそこにはあった。
汚れた空。生暖かい風。
スモッグに映し出された月が、まるで祝福しているようだった。


なんか、ホント、いい話になってくるから怖いなあ…。
あ、せっかくなんでラフ絵あげときます。イメージ。
ニル。

イヴァルディ。と、4話のエビ天。

こいつらだけだとそんなサイバーパンク感なし(笑)。

明日は月曜日すねー。だからってんじゃないですが、
TYPの看板女優が出てきます。おたのしみに。

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