かつてのニホンは分断された。
まるで、昔のロール・プレイング・ゲームのようだ。
郊外は死の大地となった。
電気も水道もガスも途絶し、
住む者はほとんどいなくなった。
街をつなぐのは、衛星とケーブルのみ。
ネオトーキョーは東京湾の埋め立て地に作られた。
今も旧都市部と新都市部の抗争が続いている。
ネオチバはよりディープなネットの街となった。
脳を直接ネットにつなぎ、ダイブするのがチバ流。
仮想と現実の区別など、この街では意味のないものだ。
ネオサイタマはニンジャ・コスプレの街となった。
独自に発展したカタカナ語は流行語の枠を超え、
言うなれば新たな”方言”となっている。
そして、極厚のスモッグに覆われた街、ネオカナガワ。
ネオカナガワにはウォーケンと呼ばれる政府機関があり、
公共事業を、一手に引き受けている。
ネオカナガワで最も大きな事業者、という見方もできるだろう。
そんな政府の一大プロジェクト。
極秘の、ミュータント実験。
それが、この空中庭園(グラズハイム)にあるビルの一室で、間も無く行われる。
政府は表向き、人体のミュータント化に関与していない。
それは単に、ミュータントを良しとしない
「人はヒトであるべき」という人々が政府の主な支持層だからだ。
しかし実際には、ミュータント技術者をかかえている。
また下層のミュータント技術者は、ほとんどが政府から落ち延びた人々だ。
独自にミュータント技術を開発・改良しており、コミュニティもある。
そのほとんどはファッション用途に使われる。
ツノや肌の染色がいい例だ。
最近は特に眼球の技術躍進が目覚ましい。
オッドアイはもちろん、好きな模様を眼球に浮かび上がらせることができる。
かつてはビデオ・ゲームの中でしか出来なかった
キャラクタークリエイトが、現実のものとなっている。
ミュータント技術は、ペットにも用いられる。
翼の生えたウサギや、カラーひよこなど。
一時はそのペットの肉を食えば
不老不死になれるというデマも流れた。
実際に食したものは漏れなく遺伝子崩壊を起こし、死んでいる。
ミュータント生物をイチから作る者もいるが、
ほとんどの場合、研究費の折り合いがつかず、挫折する。
結局、儲かるファッション産業に手を出すのだ。
……では、どんな研究が政府で行われているのだろうか。
研究者が逃げ出すような、政府の研究。
それは、人体兵器である。
武器を持たずして武器を持つ。
見えざる武器。これほどの恐怖は無い。
……実験は、治安の維持を目的として進められた。
そして、今まさに自らを検体として差し出す、若き青年。
彼の名は、サイナス=ヤーナ。
彼は今、反重力ベッドによって浮いたまま、横たわっている。
「緊張してる?」
そう声をかける女性。シーラ=ヤマザキ。
彼女は政府機関でも指折りのミュータント研究者だ。
「大丈夫」
そうは言いつつも、やはり緊張する。
「顔に出てるわよ?」
シーラは笑顔で指摘する。
そういう自分自身も、緊張している。
「じゃあ、リラックスして……」
今日を迎えるまで、全身に薬品を塗られ、水と点滴のみで69時間を過ごした。
気だるい。少し、筋肉が衰えたのを感じる。
これから大型のタンクに入れられ、遺伝子が書き換えられる。
シーラはサイナスのガウンを、ゆっくりと脱がしていく。
サイナスのすべてが、あらわになる。
シーラの胸元が視界にはいる。
こうも近いと、気になって仕方がない。
サイナスはこれまで、シーラを目一杯サポートしてきた。
彼女のこの実験を成功させる。
この技術が平和を取り戻すと信じて。
それも、この実験でひと段落する。
その時には、……その時には。
想いが昂る。
「では、カプセルへ」
反重力装置によりサイナスはベッドから浮いた。
そのまま、横たわったカプセルに入れられる。
カプセルの蓋が閉まり、とろみのついた透明度の低い水が注ぎこまれる。
少し苦しかったが、肺の中まで満たされるとすぐに慣れた。
カプセルは起き上がり、立った状態で浮かされている。
気持ちがいい。胎内にいるようだ。
シーラの声が遠くなっていく。
「それではこれから……人体強化実験の最終試験を行います」
緊張した面持ちで説明するシーラ。
「全身を強化し、人間の限界を超えた……新たな人類が今、誕生いたします」
見守る政府関係者。
「……がんばってね。サイナス」
小さくつぶやくシーラ。すでにサイナスには聞こえていない。
「では……参ります」
静かに、装置のボタンを押す。
ギュゥインと大きな起動音がこだまする。
カプセルから大きな泡。
そしてだんだん、だんだんと小さな泡がサイナスから放出される。
だんだん、だんだん。
サイナスの意識はもうほとんど無い。
あるのは最後に見た……シーラの姿だけ。
シーラ……
オレは…………
…………
……
あっという間に無数の泡で、
サイナスの姿は見えなくなってしまった。
「……おかしい」
想定外だった。変化時間の長さだ。
変化自体は想定内だが、あまりに長すぎる。
カプセルが揺れ始めた。まずい。
「シェルター配備します!」
一際大きなボタンを押す。
赤と白のストライプが描かれた大きなシェルターが、
両側からカプセルを包み込んだ。
カプセルは中で激しく揺れている。
響くサイレン。怯える政府関係者。
緊急停止させるか?
いや、中途半端に止めれば、彼の命が危ない。
もう少しだ、もう少し--
その時だった。
バキョッ、という音とともに、
ドバァッと上からカプセルの水が大量に噴出した。
「なっ……!」
部屋中に降り注ぐ、養液の雨。
一通り放出が終わると、あたりは静寂に包まれた。
みな座り込んでしまっている。
シーラはゆっくりと立ち上がり、声をかけた。
「サ……サイナス?」
すると。
ゆっくりとシェルターが開き……
中から、彼が姿を現した。
「よかった……サイナス! 無事だっ…… た……」
驚くシーラ。
シーラはサイナスから出ている、何か凶悪なモノを目にした。
……まったく頭の整理がつかない。
明らかにあれは、尻尾では…なかった。
脳内にイメージすることで皮膚が硬くなったり、
爪が伸びたりという能力が身につくはずだった。
つまり、カプセルから出てくるときは、
外見上何の変化もない想定だったのだ。
まさか、サイナスのあの部分そのものが、肥大化して、
しかもそのままだなんて、まったく、考えもしなかった。
不安の中、復帰治療は続いた。
集中治療室の外で見守るしかなかった。
彼が目をさましたのは……、一週間後だった。
(つづく)
二人の過去編ですね。
シェルターのカラーリングだけで、
シェルターが大体どういうカンジかは察していただけるのではないかと思います。
ガッテンしていただけましたでしょうか。
ガッテンガッテン。
やっぱ、ベースがマジメなのがいいすなあ(笑)。
初めての続きモノですね。また明日。