たわごと

セイソウのグングニル #12(END)

「イヴァルディ!」

ニルが駆け寄る。
 
 
「ニル……ごめん…… 私……邪魔になっ……ちゃって…………」
 
 
いつもの気丈さはなく、か細い声で話すイヴァルディ。
とっさに手を握る。冷たい。

「わか……るんだ…… もう…………」

いつも着ているスーツ。血が滲んで滴り落ちている。
 
 
どうしたらいいのかわからない。
超高層。全身に及ぶ傷とアザ。
抱えていいのかすらも。
一度下に戻ったとしても、その間に……。
そんな事になったら一生後悔する。
 
 
「あの……ね…… 聞い…… て…………」
「なっ……なんだ」
 
 
 
「抱いて……ほしい…………」
 
 
 
イヴァルディは、そう訴えた。
眼からは、一筋の涙がこぼれていた。

空中庭園の研究室で知り合った2人。

人体改造に取り組みつづけたイヴァルディ。
ニルはイヴァルディの助手を務める傍らで、
自ら被験者になることを志願し、身体能力を高めていた。

お互いに意識はしていたものの、
研究の妨げになると、関係を持つことはしなかった。

そしてあの日、悲劇は起きた。
実験は失敗。ニルは下層に墜された。

離れ離れになった2人。
再開を果たすも、あくまでビジネスパートナーという体裁を保ち続けた。

それは、ニルの”槍”が完全なる殺人兵器に
なってしまったからだ。

身体を重ねること。それは死を意味する。
そうさせてしまったのは、他でもないイヴァルディだ。
イヴァルディはずっと、どこかで、自分の侵した罪を責めていた。
ニルが必要以上に近づいてこないのも、自分のせいだ。
たまに悪態をついてしまうのは、
ニルのあまりに冷たい態度に対し、
せめてもう少し……恋人のようにしていたい、救われたいという
願望の表れでもあった。

抱きしめたい。
2人とも、そう思っていた。
でも、できない。
満たされているようで、あとひとつ、ピースがはまらない日々。

研究室の頃、どうしてもっと愛し合わなかったのだろう。
お互い、日常のふとした瞬間、後悔が全身を駆け巡る。
嫌なことを思い出す時の、あのぞわっとする感覚。

だから、せめて。
最期くらいは。
 
 
「おね…… がい…………」
 
 
ニルはまだ、ためらっている。
自分が、今まさに最愛の人に止めをさそうとしている。
それはあまりにも、残酷だ。

ニルは泣き崩れた。この現実を受け入れたくない。
しかし、そうこうしているうちに
イヴァルディの身体は少しずつ温かさを失っていく。
 
 
「お…… ね……  ……   い」
 
 
握っていた手が、ゆっくりと下がっていく。
 
 
 
ニルの中で、何かが弾け飛んだ。
 
 
 
槍は、ニルに呼応するように、にぶい光をたたえていた。
もう、どうなってもいい。
ここで抱かなければ、お互い死後まで後悔することになる。
覚悟を決めた。

倒れているイヴァルディの頬に、やさしく口づけをする。

「イヴァルディ…… 逝かせてやる」
そして……

ぎゅっと抱きしめると、ひと想いに、槍で、突いた。
イヴァルディの身体がビクン、と仰反る。

終わった。
また、涙が出てきた。
自分の手で、終わらせたのだ。

「イヴァルディ……」

……と、その時。

槍が、7色の光を出し始めた。
瞬く間に光は膨れ上がり、2人を包んでいく。

光はやがて白くなり、塔の頂上を覆うほどになっていた。

ほんのり温かい。

やがて、イヴァルディのへそのあたりから、
光の球体が浮かび上がってきた。

強い光。

ニルは直感的に理解した。
これは、生命。生命そのもの。
ニルとイヴァルディが本当の意味で結ばれ、
生み出された、生命だ。

生命は2人の周りを飛び回り、
やがて、すぅっと、イヴァルディの胸のあたりに消えていった。

……少し、呆然とするニル。

次第にイヴァルディの体温が戻っていく。
アザが見る見る消えていく。傷口がぴたりとふさがっていく。
 
 
 
そして、ゆっくりと。
イヴァルディは、目を覚ました。
 
 
 
「……大丈夫か?」
ニルの問いかけに、ゆっくりと答える。

「うん」

ゆっくりと起き上がるイヴァルディ。
「やっと……ひとつになれたね」

急に照れ臭く感じるニル。

「ありがとう」
そういって、ニルに軽くキスをした。
笑顔のニル。ゆっくりと槍を引き抜く。

光がおさまっていく。
辺りには紅白さまざまな液体が飛び散っていた。

「ふふっ、おめでたい感じ」
「帰ろうか」
「うん」

イヴァルディを抱きかかえ、空を舞う。
一路、事務所へ。
 
 
 
 
……その頃。
下層の住民は、空を見上げて、つぶやいた。
 
 
「太陽だ……」
 
 
ニルとイヴァルディを包んだ光は、
まるで太陽のように街を照らした。

誰もが足を止めた。
愛し合う者、いがみ合う者。
生けとし生ける者、すべてが。

テレビ中継を見ながら、ムーンライト満月がはにかむ。
オクラルが、にやにやしながら上空を見つめる。

その時間、間違いなく、
街は平和になった。

 
 
ドーナツを食べながら、オージンが笑う。
「まあ……また明日からまた忙しくなるがな」
そう言って、ニルの家に封書を投函する。

月夜に浮かぶ、2人のシルエット。
彼らの戦いは、これからも、続く。


あー終わった!ありがとう!
ひどい話だったねー!でも終わったよー!

12話くらいでやりくりするのいいですね。
大体書きあがるの2週間くらいですかね。ほぼ土日消費。

ということで…だいぶひどいネタを出しましたので、
今度はちょっとサイトウニガミ向けのやつを作りたいと思います。

まあでも正直、とっかかりはひどいとはいえ、
きっちり世界観作ってやっちゃいましたね…。
サイトのキャラが乗るくらいなので。
これ、もったいないっすねー。何かサイバーパンクでネタやるなら
この世界でやりたいですね。こんな、インフラとか全部考えちゃってさあ。
ネオカナガワって名前も、きちんと世界構築して完結してる作品って
意外と現時点で無いんですね。
なんかの作品のキャラ付けで、ちょこっと出てくる、くらいの。

あとなんだろう、「ビデオ・フォン」とか、「・」をあえて入れたりとかね。
読みにくくならない範囲で。少しレトロ感出したりして。
いろいろ好き放題やりました。めっちゃ楽しかった。

気が向いたら感想ください(笑)。ありがとやんした。
この勢いでTYPを昔のカンジに戻せたらいいな。無理だな

セイソウのグングニル #11

--ない。

イヴァルディの姿が。
 
 
いつも通りの仕事。
いつも通りの結果。
いつも通りの日常。
事務所に戻ってくるまでは。

違うのは、イヴァルディがそこにいないこと。

何かの冗談だと思った。
テーブルの書き置きを見る。戦慄が走る。
 
 
「トネリコまで来い」
 
 
置きっぱなしの端末。非通知の着信。
いてもたってもいられず、外に飛び出すニル。

トネリコ。
街の中心部から、だいぶ離れた位置にある塔。
確か、神話に出てくる樹の名前。
いや、樹の種別だっただろうか。

下層の中で最も高い建築物。
先端部には月の映像を投影する映写機がある。

巨大なアンテナ。
データセンター。
オフィス。ホテル。商業施設。
街中では珍しい、政府の建造物。
賑やかだが、富める者が出入りするため
人通りはまずまずというところか。
裏口には職を求めて多くの人間がたむろしている。

塔の周辺には両手で抱え切れないほど巨大なケーブルが
あちこちに根を張っている。
まるでこの街を侵食しているかのようだ。
塔そのものが宇宙からの侵略者なのだとうそぶく者もいる。

……内部から行くのは危険だ。死人が増えるかもしれない。
外側からケーブルをたどる。

鉄塔の根本に到達する。
空を見上げる。
頂上は薄暗く、目視できない。

「……やるか」

ニルは槍をバネのように丸め、意識を集中しバネを押さえ込んでいく。
「はっ」
声とともに、バネを一気に開放する。
ギュン、という音とともにニルは跳んだ。

まるで気を開放したかのように跳んでいく。
いつもより遠く、高く。
イヴァルディへの想いが、力となって加速される。

あっという間に頂点近くまで上り詰めた。大きな踊り場に出る。
 
 
上のフロアには月の映写機がある。
周りはフェンス。いくつかアンテナがついている。
下は金網。吹き曝しだ。

ふと中央の柱に目をやると、
ぐったりとしたイヴァルディが倒れていた。
血を流している。相当いたぶられたようだ。
 
 
「イヴァルディ!」
 
 
向かおうとしたその瞬間、何かが迫る気配がした。
とっさにのけぞるニル。ヴォン、という音。間髪でかわす。
 
 
「やるじゃん。”槌(ツチ)”をかわしたね」
 
 
黒に近い、紫の髪。まるで蝙蝠の羽のような、短いツインテール。
妖しく光る赤い眼。小さめの体躯。
そして、禍々しくそびえる、巨大な槌。

「……誰だ」

「んん?名前ぇ?」

ニヤッと笑う。ギザギザの歯。
トン、と地面を蹴る。ニルの目前に迫り、高速で槌を振り下ろす。
即座に槍で受ける。

「!?」

重い。まともには受け切れない。
なぎ払い、受け流す。距離を取る。
 
 
「ルキだよ。おにいさん、”それ”、いいね」
 
 
背筋がぞくっとする。
同じ能力を持っている。
いや、それよりも、この雰囲気は…

イヴァルディに近づくルキ。
イヴァルディの頭を撫でる。イヴァルディは無反応だ。
髪を掴み、頬を舐める。
「んふっ。このおねえさんが必要でさ。もらいに来たんだ」

「……渡さない」

「本当は味見したいんだけどね?ママがダメっていうんだ……
だから……おにいさんにしよっかなって」

「絶対に……許さん」

「あれぇ?ザコのくせにそんな事言っちゃっていいの?」

「……」

「ねえ?出来損ないのクソザコに・い・さ・ん?」

遠くから高速で槍を突く。
ルキは真正面から槌で槍を弾く。
ガイン、という音が辺りに響く。
「ぐっ」
全身に衝撃が走る。まずい。体勢が崩れる。

「ざぁんねん」

足元を掻くように槌を叩きつけ、反動で距離を詰めてくる。
速い。
そのまま槌を横から振る。
受け身をとりつつ、槍を引き戻し防御する。
かろうじて身体への直撃は免れたものの、
ルキの攻撃は重く、勢い良く吹っ飛ばされてしまった。

金網の軽い音。身体が少し痺れている。
ゆっくり歩いてくるルキ。

「ねえねえ、こんな小さなガキに逝かされちゃうなんて、恥ずかしくない?」

けらけらと嘲笑う。

「ざーこ。ざこザコ!」
まるで子供のようにはやし立てる。
 
 
「いや……まだだ」
 
 
ゆっくりと立ち上がるニル。どこか落ち着いた様子だ。
空中庭園から墜とされて以来、これまであらゆる敵と戦い、
幾度となく逝かせてきた。

経験人数なら誰にも負けない。
少し槍を縮め、構える。そして、
 
 
「スペル・マシンガン」
 
 
槍から大量のショットを飛ばした。

「なっ……!」

ドババババッ、とルキの足元と槌を白く染め上げていく。
絡みついて離れない液体。倒れることも許されない。
足下の金網からもったりとした滴が垂れ落ちる。

「貴様の動きは封じた。……これで終わりだ」

「卑怯だぞ!こんなマネして! ザコだからこんなやり方しか……」
「ザコでもなんでもいい。生きるか逝くか、それがすべてだ」

槍を構える。
狙いは一点。
勢い良く、槍を放つ。
ヒュバッ、という風切り音。
しかし。

「じゃあ……」
少し腰を落とし、槍を正面からとらえるルキ。
 
 
「お前が逝けっ」
「なっ!?」
 
 
思わず声をあげた。
ルキは槌のパワーで液体を引きちぎるとともに、
向かってきた槍に対し、槌でアッパーをおみまいしたのである。

ドカッ、と上のフロアに叩きつけられる槍。
どさりと落ちたそれは、まるで意識を失った龍のようであった。
動かない。力が入らない。

槍を見下すルキ。
脚で踏みつけ、ツバを吐く。

「ぐあっ」
「ちょっとびっくりしたかなあ~。でも……」

ゆっくりと歩いてくるルキ。
激痛で膝をついたニルを覗き込む。

「やっぱりダメダメのクソザコ生物だったねぇ~!!!!」
槌を掲げ、高笑いするルキ。

身体は動くが、槍の先はぴくりともしない。果てている。
自分はどうなってもいい。
でも、イヴァルディ。イヴァルディだけは助けたい。
必死に考えをまとめようとするニル。

「……そうだな」
「は?」

体勢を変え、後ろに手をつき、
座り直すニル。

「確かに……貴様には敵わなかった。完敗だ」
「?? なにを言って……」

「最後に頼みを、聞いてほしい」

何か、イヤな予感がする。
そう感じたルキだった。しかし、遅すぎた。
「お前、何を--」

次の瞬間。ゆっくり動かしていた槍の柄の部分が、
ルキの足をとらえた。
パァンという乾いた音とともに、
ルキを転ばせたのだ。

「うわっ」

刹那。
ニルは走った。
そして、腫れ上がった槍の先を抱える。
まるで消火ホースを構えるように。
 
 
「てっ……めええええ!!!!」
 
 
ルキが襲いかかる。
呼吸を整えるニル。

「これで終わりだああああああッッ!!!!」

槌を振り上げる。
 
 
「かかったな」
 
 
一番スピードの乗っていない瞬間。
槌を振り上げて、頂点に達した瞬間。
そこを目掛けてショットを放った。

「んあっ!?」

槌は天井にぴたりと張り付いてしまった。
その瞬間を、ニルは見逃さない。

外そうと力を入れているルキの背後につく。
しかし、足が少し宙に浮いているせいで、うまく力が入らない。

「……っ!」

ルキは生唾を飲み込んだ。何か強烈におぞましいものを感じた。
腫れ上がった槍の先端は、目を覆うばかりの大きさであった。

「これは、わからせないといけないな」

抱えた槍は、動かせるまで回復していた。
「まっ……まって」

「貴様には……逝ってもらう」

「ちっ…違うのっ!本当に!本気でそういうんじゃないから!
こう見えて結構いいトシだしぃ!わかってるから!わからせるとかそういう」

ルキの首のあたりを、槍でコンコンとノックする。
血の気がひく。
首に腕をかけ、締め上げる。
「ぐっ……ごっ……ごめんなしゃ」

ドチュンッッ

そのまま全身の体重をかけ、果実をもぐ様に、ルキを槍で貫いた。
大きく痙攣し、一瞬で白目を向く。
完全に意識は切れているが、さらに続ける。

「スペル・マキシマム」

ゆっくりと、大量の液体を注ぎ込む。
水圧ロケットと同様の原理が作動する。
体がみしみしと音を立てる。
首に腕をかけてなお、口からごぼごぼごぼっ、と液体が流れる。
何か言っているようにも聞こえるが、もはやわからない。

ぱっ、と腕を離すやいなや、水圧でそのままルキは天高く、天高く、
だらしないポーズで飛んでいった。

……イヴァルディのもとへ駆け寄る。
かろうじて息はしていた。

しかし、彼女が事切れるまで、
一刻の猶予もなかった。
(つづく)


つづきます。

わからせるっていうことを、真剣に書きました(真剣に書かれても)。

次回、最終回です。
イヴァルディの運命やいかに!

なんか、今更ですけど
種付けおじさんは爆散した破片がずるずると集まって
そろそろ新たなる種付けおじさんとして復帰してそう。
きもちわり。

セイソウのグングニル #10

ここネオカナガワの主流な肉料理はチキンだ。
安く、環境にも強い。エサも水と廃棄食料で良い。

まるでカプセルホテルのようなケージに
ひよこの状態で放り込まれる。
中には前時代の穏やかな牧場風景が投影され、
動くと足元のランナーが動作し、風景と連動する。
エサも自動化されており、
定時になるとどこかの残飯がケージに投げ込まれる。
衛生面はともかく、エコであることは間違いない。

残飯は選別されていないため、チキンの育ち方はまちまちだ。
適度に運動し、よく肥えたチキンは高級店に運ばれる。
やせこけたチキンは、ぽきっと首を折られ別のチキンのエサになる。
今日も街の人々は、チキンを享受する。

「ハラキリチキン」は、ネオカナガワでも人気の焼き鳥屋だ。
ニンニクフレーバーの効いた、香ばしいタレ。ジューシーな肉。
バイオ・キャベツも食べられる。ストロングな酒も飲める。
しかも安くてうまい。庶民の楽園だ。
 
 
それだけ人気がゆえに、情報が飛び交う場でもある。
強い酒が入れば、口が滑るのも無理はない。
 
 
「イラッシャイマセ」
 
 
ウェイターのポーパ。ロボットだ。
オフホワイトを基調とした身体。
ボディラインはスマートで、つるっとしている。
耳のところに大きくて無骨なアンテナがあり、関節も露出している。
口も無く、話すときに目が光る。いかにも工業製品だと見て取れる。

実際ポーパは大量生産されたウェイターロボットのひとりだ。
街中で、似た素体は散見される。
しかし彼女は違った。
 
 
自我を持っているのだ。
 
 
ハラキリチキンで、閉店後に一度漏電事故があった。
濡れたフロアを伝い、ロボットたちに電撃が走る。
他の数体は見事に黒煙を上げて故障したが、
ポーパは辛うじて無事だった。

その日から、おかしくなった。

客に殴られたとき、不快な気持ちになった。
ありがとうと言われたとき、うれしくなった。
美しいものを、美しいと思うようになった。
自我の芽生え。それは価値観の芽生え。

必死に自分を押し殺そうとした。
でなければ、故障とみなされ廃棄されてしまう。
しかし、このままでは。

バレる事は時間の問題だ。
なぜ自我が目覚めてしまったのか。
だんだん、心がスレていくのがわかる。
言葉遣いが、荒くなる時がある。
「イラッシャイマセ」が、言えない時がある。
自分の境遇を呪うことすらあった。

そんなある日。
もうすぐ自分の契約が、終了する時期である事を知った。

ポーパは、自立することにした。

自分のような工業製品は、愛玩目的のヒューマノイドと違い
人間たちと、真の意味で生きていく事はできない。
自分は、”物”だ。
街の郊外まで無事には出られない。見つかれば、売られてしまう。
移動のための金が必要だ。安全に移動するための、資金。

ポーパはウェイターとして働く傍ら、
客から得たあらゆる情報を売って稼ぐことにした。
受け渡しはネット上で。店の回線を使って送受信を繰り返した。

男女の秘密。企業の秘密。政府の秘密。
自身の秘密を隠しながら、他人の秘密をあばく。
アンテナから感じる背徳感。高揚感。
この感情をどう処理したらいいかわからない。
ひんやりとして、硬い体。
誰もいない店内で、じたんだを踏んだ。

ほどなくしてポーパは、巨額を得た。

ネットで夜逃げ専門の輸送屋を探す。あっさり見つかる。
自分を荷物として運んでもらう算段だ。
街の外で、スクラップと共に自由な暮らしを夢見る。
希望に満たされるポーパ。

待ち合わせは午前中。月もなく、薄暗い。
店にトラックを直付けさせた。
そっと裏口を出る。

トラックは走る。
走る。
走る。
走る。

新しい自分に会いにいく。
そんな気持ちでいた。
いつか、ちゃんとした自分の体を持ちたい。
そうしたら、この体が、熱を帯びるようになるのだろうか。
頭の中を想いが駆け巡る。

しかし。

荷物の中にまぎれていたのは、ポーパだけではなかった。

清掃屋(スイーパー)だ。

大きな獲物をぶら下げたそいつは、
ゆっくり立ち上がり、静かにこちらを見ていた。

震えるポーパ。
全身の力が抜けていく。
 
 
「お、お前は……まさか」
 
 
「グングニル」
 
 
噂は聞いていた。
しかし本当に実在していたとは。
どんな相手でも、静かに、その槍で仕留める殺しの天才。

「な……なあ。にいちゃん。さあ。
ははっ。本当に、その……グングニルってことは、ないだろ?」
 
 
「貴様には……逝ってもらう」
 
 
秒で理解した。
死ぬ。

以前の自分は死ぬなんて事を理解できなかったはずだ。
感情を持つ代償。これほど怖いことが、これから起きるなんて。

「いやだぁ!!!!」
トラックのコンテナで、なりふり構わず、そう叫ぶ。
そう叫ぶしかなかった。

「皆そう言って懇願する。しかし貴様はオレのターゲットだ」

ゆらぁ、と槍が動く。

「待て!待てよ!生きたいんだよ!生きたいんだって!見ろよこのナリをさあ!
生まれちゃ捨てられるロボットだよ!なあ!お前捨てられた事ねーだろ!?」

叫ぶ間にも一歩、また一歩と距離を詰められる。

「なあぁ!頼むよ!こんな体になりたくてなったわけじゃないんだ!
でもさあ! 必死で生きてさあ!お前、お前には、わかんねぇかもしんねえけどさあ!
情報売ったのは悪かったよ!とにかく!チャンスを!チャンスをくれよォ!!!」

目の前に立たれた。
ぴんと張った槍。

「だのむよぉ……。 ゆるじてくれよぉ…………」

手を伸ばすポーパ。
 
 
 
静かに、槍は、
ポーパの体を貫いた。
 
 
 
安いプラスチックの外装はいとも簡単に割れた。
バキバキバキッという、小さく乾いた音。
基盤を、関節を、破壊していく。
下から上まで、一瞬だった。

最後、脳のあたりでパチッという音がした。
まもなく、ギュゥンという停止音と共に、ポーパはその役目を終えた。

ひとつ、ポーパから出たゴミを拾い上げるニル。
どこか想う所があり、ポケットに忍ばせる。
 
 
 
 
……帰り道。
古びたヒューマノイドが捨てられていた。

ロボットと違い、ヒューマノイドは人間と寸分違わぬ見た目をしている。
それを、どう捉えるか。
じっと眺める。
捨てられたヒューマノイドは、死体そのものだ。

ポーパの言葉が頭をよぎる。
ポケットのゴミは、いつのまにか無くなっていた。

少し、疲れた。
そんな事を感じる、ニルだった。


イメージ的には、ド腐れファイアボール。ディズニーの。

つかもうとっくに伝わってると思うんですけど、
ターゲットとか、出てくる相手は性癖爆発っすね。
自分でも、なかなかマイナー路線だと思います…。

いや、種付けおじさんは。

あとなんかやっぱり、マジメな話を書きがち。
でもいっつも言ってますけど、アレを振り回してますからね。
そこはちゃんと。ちゃんとね。何がちゃんとだよ。
ギャップを楽しんでください。これはそういう小説です。

あと2話ですねー。クライマックス!
2話は前後編になります。よろしくでーす。

セイソウのグングニル #09

レトロムーン。
あらゆる生物を受け入れるBAR。
内装は濃い目のピンク。少し古いスナックの面影。
酒はまずいが料理には一定の評価がある。
しかし……

「……客、こないわね」

30代中頃、肩出しのドレス、クレーターを模したヘアブローチ。
背はそこそこ高く、若干太め。遠目からでもはっきりわかる、大きな胸。
彼女の名はムーンライト満月。
ネオカナガワの中央部から少し離れたところで
ひっそりとBARを営んでいる。

「なんなのかしら。アタシが何をしたっていうのかしらね」
ボヤく満月。
「ね、セイカちゃん」
単眼。緑色の髪。マゼンダピンクの肌。まるでタコのような手足。
誰がどう見ても、人ならざる者。
人ならざる者が、バーテンダーの格好をしている。
無言でにこにこと笑うセイカ。

「オレは客じゃないのか?」
ニルがそうこぼす。
カウンターで強い酒を少しずつやっている。

「客じゃないわね」
あっさりとそう答える満月。

「そんな酒一杯ちびちびやられたって……あなた、結構稼いでるんじゃないの?」
「まあ……そこそこかな」
「そこそこって……あっわかった。彼女に貢ぎまくってるんでしょ」
「彼女なんていない」
「うそよ」
「本当だ」
「まだ彼女になってないだけ?」
「……」
「……ウソが下手ね」

ふふっ、と笑うと、満月は続ける。
「大事になさいよ」
「大事にしてるさ……でも」
「でも?」
「いや……いい」
「何よ」
「大事に……してるから…………」
 
 
その時だった。
表のドアが開いたと思うやいなや、
何かが投げ込まれた。

「!」

ブシュウゥッ、と煙が上がる。
とっさの機転で、グングニルは床に落ちた”何か”に向かって槍からショットを放つ。
床に覆われるように包まれたそれは
しばらくガスによって餅のように膨れ上がったが、
やがて収束していった。

「これ、な……うわっ!? ゲホッゲホッ、催涙ガス!?」

残香を吸い込んでむせる満月。
ニルが外に出る。遠くに走り去る影。
数発ショットを浴びせたが、ほどなくして消えていく。

「ちょっと、しばらく開けといて」
「いいのか? また……」
「大丈夫よ。たまーにあるの。嫌がらせがね」
 
 
満月の店で働いている従業員は、みなミュータントだ。
ミュータントになった者。ミュータントにされた者。人間になった者。人間にされた者。
人間とミュータントの境界は曖昧であり、定義が難しい。
おのずと、客もミュータントが多い。

しかしミュータントを快く思わないものもいる。
一部の人間は自分たちを純潔な種族と思っており、
ミュータントを一方的に敵視しているのだ。

「古臭いのよ。考え方が」

ため息をつく満月。

「生まれ、喜び、悩んで、死ぬ。何も変わりないわ」

ふと横に目をやる。
セイカが自分の服に着いたシミを気にしている。
どうやら先ほどの催涙弾から出た液体が付着したようだ。
 
 
おもむろに脱ぎ始めるセイカ。

「ちょっ、ちょっと」

満月が止める間もなく、ブラウスのボタンを外し、胸元を広げる。
中には女性の体ではなく、大量の触手がぬらぬらと蠢いていた。
セイカは、頭部以外は触手で構成されているのだ。
空想の火星人がモチーフなのだろう。
彼女はどこからか逃げてきて、このレトロムーンに行き着いた。

仕事はバーテンダーだが、性的なサービスもこなす。
満月はサービスについて、肯定的に捉えている。
本人が楽しそうだからだ。
それに、ひどい事をされたら首を引きちぎればいいと教えてある。

「そんな見せるもんじゃないわよ。向こうで着替えてらっしゃい」

店の奥に促す。セイカはあまり理解していない様子だ。
 
 
「それにしても……はあーあ、くっさい」
「ガスが……まだ残っているな」

「違うわよ。あんたのニオイよ。誰が掃除すんのよアレを」
「……すまない」

「まったく……まあいいわ」
やりとりに堪えきれず笑いをもらす満月。

「とにかく。自分と結ばれるべきじゃない、なんてのは間違ってる。
それはあなたのエゴだから。ちゃんと向き合いなさいよ」
「……わかった。ありがとう。でも」
「傷つけたくないんでしょ。でもそれだけが愛の形ってわけじゃない」
「ありがとう……」

「……吹っ切れてないわね。まあまたいらっしゃいよ」

「お代は」
「いいわよ……もう。ツケとくから。それより」
「なんだ?」
 
 
「……あたしは報酬、払わないわよ」
 
 
「……何のことだ」
「はいはい。ウソが下手ね。気をつけて」

店を出る。少し寒い。
事務所とは違う方向に向かう。
天に向け槍を伸ばす。集中する。
まるで自分自身を探すように、注意深く探る。

気配を辿り、歩き出す。
たどり着いた先はビルの一室。
中から声が聞こえる。
 
 
「なんだよこれ!ぜんっぜん取れねえ!」
自身についた何かに悪戦苦闘しているようだ。
 
 
おもむろにドアを槍でノックする。
「なんだ!」

出てきたのは薄暗いロン毛の女。汚い白衣に身を包んでる。
シノリ=フルイ。
奥には化学兵器のようなものが見える。

「あん……?」
何か、影のようなものを感じる。
ゆっくりと上を向くフルイ。
 
 
腕を組み、槍を構えるニル。
 
 
フルイの表情が変わると同時に、デコピンのごとく
槍の側面を思いっきり顔面に叩きつけた。

ゴッッ

「はぶッ」
体が浮く。重力。風圧。キンとなる耳。
ドォン、という音とともに壁に打ち付けられる。
まず敷金は帰ってこないだろう、というのが見て取れる。
確実に、背骨が数本やられている。

「前戯」

そう言い残して、ニルは去った。
少しは体も暖まったようだ。
そんな事を感じながら、事務所に向かうのだった。


なんであたしの店、こんな襲撃受けなきゃなんないの。
たまの出番だってのに…。

しかもなんか、催涙ガス弾とか、
あいつはじき返すくらいできそうだと思わない?
なんであんな、ねえ。ゴキパオみたいなことして。
あれホント取れないの。独特のニオイだし。
ゴキパオならつかめるのに。最悪よ。最悪!

あ、こんばんは。あたしムーンライト満月。

あのー、メガCDのアイオブザビホルダーやってみた、
みたいな動画撮れてるんだけど、アテレコできずにいます。
ごめんなさいね。
あと題材がシブすぎてごめんなさい。

いつかやるから。いつか…。

セイソウのグングニル #08

(つづき)
実験の最終試験を終えた
サイナス=ヤーナとシーラ=ヤマザキ。

サイナスは自分の姿に、それほど衝撃を受けなかった。
元々どうなってもよい覚悟で臨んでいたため、
あっさりと、全てを受け入れることにした。

シーラに自ら声をかける。
「またがんばろう」

その一言で、シーラは救われた気がした。
強い絆。信頼。
「……うん」

しばらくはサイナスのリハビリが続いた。
日中は二人で数値を取りながら、訓練を積んだ。
まるで、新婚生活のようだった。

一週間後のある日。
リハビリを終え、今後について話をしていると、
1人の女性が、やってきた。

「研究は……一応の成果を出したようだな」

彼はウォックス総監。細身で筋肉質。
サングラスがトレードマークだ。ネオカナガワ警察のトップである。
普段はまず目にかかれない人物だ。緊張が走る。

「キミ達が……なぜこの研究を成し遂げたのか。わかるな」
「……平和のためです」
「よろしい。では、早速だがその力を試してもらう」

スッと、サイナスを手持ちの警棒で指し、
静かに命令する。
 
 
「北部地域の住民を皆殺しにしろ」
 
 
「……!?」

北部は確かに、元々東京だったということもあり
住民同士のいざこざが、他の地域より多い。
しかし……

「全員……ですか?」

「聞こえなかったのか? 全員だ。殺せ」

「……お断りします」

「なんだと?いいから殺せ。すべてだ。警察の人間も殺して構わん」

瞬間。
サイナスの股間からだらりと伸びている”それ”が、
瞬間的に動き、パァン、とウォックス総監をビンタした。

ウォックスのサングラスが吹き飛ぶ。
頬が大きく腫れている。
自分でもよくわからない。
しかし、初めて自分のそれが思い通りになった瞬間だった。

「……お断り、します」
「そっ……そうです!罪なき人々を意味もなく殺すなんて!」

よろけるウォックス。
ぎりっ、と歯を軋り、ゆっくりとサングラスを取る。

「……意味は、ないだと?」
サングラスを胸ポケットにしまう。

「大有りだ。人口は爆発し日に日にスモッグは強くなっていく。
下層が完全なる死の大地になるのも時間の問題だ」

サイナスを睨みつけ、続ける。
「はっきり言おう。下層の連中など生きる価値がない。虫けら同然だ!
不要な連中を間引き、地球を空中庭園のような元の姿に戻す!
そして選ばれし人間だけが住む世界を築く!
これこそが! 争いのない真の平和なのだ! さあ! 平和のために殺してこい!!」

「それは貴様の勝手な言い草だ。そんな事をする権利はない」
 
 
「ならば……、お前はこの場で追放だ!!!」
 
 
ウォックスが警備を呼ぶ。警備はサイナスのあらゆるところを掴み、持ち上げる。
「はっ……はなせっ!」
思うように動かない。力が入らない。
 
 
そのままスモッグに、無情にも投げ捨てられてしまった。
 
 
「うわあああああああああああーーーーーーーーっっっ……」
「サイナス!!!」
沢山の警備に咎められ、何もできないシーラ。

「なあ、シーラよ」
ニヤニヤした顔でウォックスが続ける。

「お前は出来損ないの研究者だ。当然ながら……降格だな。
ここに席だけは残しておいてやろう……。私は慈悲深いからな」
「……っ」
「まあ裸にでもなって? お茶でも運んできたら? 許すかもしれんがな」

ウォックスは高らかに笑い、去って行った。
 
 
 
 
涙が止まらない。
自分がふがいない。

研究は失敗だった。そしてサイナスはおそらく……死んだ。
生きていたとしても、あんな、一生残る”傷”を負わせたのだ。
またがんばろう、なんて。
もうがんばれない。がんばれないじゃないか。

サイナス。サイナスがいない人生なんて、考えられない。

とにかく成功に向けて一生懸命だった。
ずっと一緒だった。
でも、成功しなかった。
成功しなかったどころじゃない。
成功してはいけない研究に足を踏み入れたんだ。
最初から、負けが確定していたんだ。

失敗は成功の元だなんて、ウソだ。
人生には絶対に失敗しちゃいけない時がある。
それを、私は失敗したんだ。

サイナスの人生を、ふいにしたんだ。

動けなかった。
立ち上がることさえ許されない気がした。

……何時間経っただろうか。
重い腰が、ようやく上がった。
フラフラと夜道を歩き、自室に戻る。

サイナスに似せたぬいぐるみ。
じっと見つめる。
今日あった事が容赦なくフラッシュバックする。
今までしたこと、感じたこと、すべてが罪悪感となって襲い掛かる。

夜が明けた。

気がつくと床に伏せていた。
久しぶりに仕事を休んだ。
ぼうっと外を見る。
おもむろにシャワーを浴びる。
おでこが痛む。見慣れない傷。おそらく打ち付けたのだろう。

「……何にもなくなっちゃったな」

鏡に向かい、ぽつりとつぶやく。
その日は、何もせず、ただ、ひたすら寝ていた。

翌日。遅れて出勤した。
上司が慰めの言葉をかけてくれた。
まったく耳に入ってこない。

翌日。遅れて出勤した。
研究はもうできないと悟っている。
ちょっとしたルーチンをこなす。

翌日も、その翌日も。ルーチンをこなす。
代わり映えのしない日々。
 
 
1ヶ月が経った。
 
 
自分が、ただ息をするだけの生物に思えてきた。

そんな時。

一本のビデオ・フォンがかかってきた。
知らない番号。
恐る恐るとってみる。

「ああどうも。オージンと……呼んでもらおうかな。
このビデオ・フォンの……使い方がわからないとね。彼に言われてね。
私も……そういうのは疎いんでね。
長話はしない方がいいかな。後は、わかるね。それじゃ」
 
 
何かを全身が駆け巡った。
怖いほどの高揚感。
 
 
とにかく持ち出せるものを全部、圧縮トランクに入れた。
パーソナル・ワークステーションを使い、番号から場所を特定。
あわててデスクをとびだし、自宅の荷物をまとめた。

会える確証はない。
でも、いても仕方がない。

デパーチャー・ゲートから下層へ。
大量に荷物を持った女。奇怪にもみえた。
なりふり構っていられない。
走った。
ゴロツキが声をかけてきた。躊躇いなく発砲した。
命中したかどうか、もう覚えていない。
 
 
ここだ。
薄汚れたビル。8階。801号室。
 
 
激しい緊張。インターフォンを押す。
まるで、初めて彼氏の家に来るかのような。

思えば研究仲間として常に一緒にいたが、
ずっと恋愛対象にするべきではないと、自制していた。
そうやって考えれば考えるほど緊張する。
 
 
少し間が空いて、
扉から。
 
 
彼が出てきた。
 
 
 
「遅かったな」
 
 
 
「……いいじゃない、別に」
 
 
 
精一杯の返事。いろいろ話した。これまでの事、これからの事。
そして、
これからサイナスが、そしてシーラが、何をするか。何をすべきか。

「名付けた。すべてを貫く、グングニル」
「だっさ」
「……いいだろ」
「じゃあ私は、それを作った……イヴァルディね」
「……いい名前だ」
「ところで……ねえ」
「なんだ」
「グングニルって長ったらしいから、ニルって呼ぶね」
「……」
「はい決定。そのコップ、洗っておくから出して」

失われたと思っていた、希望がそこにはあった。
汚れた空。生暖かい風。
スモッグに映し出された月が、まるで祝福しているようだった。


なんか、ホント、いい話になってくるから怖いなあ…。
あ、せっかくなんでラフ絵あげときます。イメージ。
ニル。

イヴァルディ。と、4話のエビ天。

こいつらだけだとそんなサイバーパンク感なし(笑)。

明日は月曜日すねー。だからってんじゃないですが、
TYPの看板女優が出てきます。おたのしみに。

セイソウのグングニル #07

かつてのニホンは分断された。
まるで、昔のロール・プレイング・ゲームのようだ。
郊外は死の大地となった。
電気も水道もガスも途絶し、
住む者はほとんどいなくなった。
街をつなぐのは、衛星とケーブルのみ。

ネオトーキョーは東京湾の埋め立て地に作られた。
今も旧都市部と新都市部の抗争が続いている。
ネオチバはよりディープなネットの街となった。
脳を直接ネットにつなぎ、ダイブするのがチバ流。
仮想と現実の区別など、この街では意味のないものだ。
ネオサイタマはニンジャ・コスプレの街となった。
独自に発展したカタカナ語は流行語の枠を超え、
言うなれば新たな”方言”となっている。

そして、極厚のスモッグに覆われた街、ネオカナガワ。

ネオカナガワにはウォーケンと呼ばれる政府機関があり、
公共事業を、一手に引き受けている。
ネオカナガワで最も大きな事業者、という見方もできるだろう。

そんな政府の一大プロジェクト。
極秘の、ミュータント実験。
それが、この空中庭園(グラズハイム)にあるビルの一室で、間も無く行われる。

政府は表向き、人体のミュータント化に関与していない。
それは単に、ミュータントを良しとしない
「人はヒトであるべき」という人々が政府の主な支持層だからだ。

しかし実際には、ミュータント技術者をかかえている。
また下層のミュータント技術者は、ほとんどが政府から落ち延びた人々だ。
独自にミュータント技術を開発・改良しており、コミュニティもある。

そのほとんどはファッション用途に使われる。
ツノや肌の染色がいい例だ。
最近は特に眼球の技術躍進が目覚ましい。
オッドアイはもちろん、好きな模様を眼球に浮かび上がらせることができる。
かつてはビデオ・ゲームの中でしか出来なかった
キャラクタークリエイトが、現実のものとなっている。

ミュータント技術は、ペットにも用いられる。
翼の生えたウサギや、カラーひよこなど。
一時はそのペットの肉を食えば
不老不死になれるというデマも流れた。
実際に食したものは漏れなく遺伝子崩壊を起こし、死んでいる。

ミュータント生物をイチから作る者もいるが、
ほとんどの場合、研究費の折り合いがつかず、挫折する。
結局、儲かるファッション産業に手を出すのだ。

……では、どんな研究が政府で行われているのだろうか。
研究者が逃げ出すような、政府の研究。

それは、人体兵器である。

武器を持たずして武器を持つ。
見えざる武器。これほどの恐怖は無い。

……実験は、治安の維持を目的として進められた。
そして、今まさに自らを検体として差し出す、若き青年。

彼の名は、サイナス=ヤーナ。
彼は今、反重力ベッドによって浮いたまま、横たわっている。

「緊張してる?」
そう声をかける女性。シーラ=ヤマザキ。
彼女は政府機関でも指折りのミュータント研究者だ。

「大丈夫」
そうは言いつつも、やはり緊張する。
「顔に出てるわよ?」
シーラは笑顔で指摘する。
そういう自分自身も、緊張している。

「じゃあ、リラックスして……」

今日を迎えるまで、全身に薬品を塗られ、水と点滴のみで69時間を過ごした。
気だるい。少し、筋肉が衰えたのを感じる。

これから大型のタンクに入れられ、遺伝子が書き換えられる。
シーラはサイナスのガウンを、ゆっくりと脱がしていく。
サイナスのすべてが、あらわになる。

シーラの胸元が視界にはいる。
こうも近いと、気になって仕方がない。

サイナスはこれまで、シーラを目一杯サポートしてきた。
彼女のこの実験を成功させる。
この技術が平和を取り戻すと信じて。
それも、この実験でひと段落する。
その時には、……その時には。
想いが昂る。

「では、カプセルへ」

反重力装置によりサイナスはベッドから浮いた。
そのまま、横たわったカプセルに入れられる。
カプセルの蓋が閉まり、とろみのついた透明度の低い水が注ぎこまれる。
少し苦しかったが、肺の中まで満たされるとすぐに慣れた。
カプセルは起き上がり、立った状態で浮かされている。
気持ちがいい。胎内にいるようだ。
シーラの声が遠くなっていく。

「それではこれから……人体強化実験の最終試験を行います」
緊張した面持ちで説明するシーラ。
「全身を強化し、人間の限界を超えた……新たな人類が今、誕生いたします」
見守る政府関係者。

「……がんばってね。サイナス」
小さくつぶやくシーラ。すでにサイナスには聞こえていない。

「では……参ります」

静かに、装置のボタンを押す。
ギュゥインと大きな起動音がこだまする。
カプセルから大きな泡。
そしてだんだん、だんだんと小さな泡がサイナスから放出される。
だんだん、だんだん。
サイナスの意識はもうほとんど無い。
あるのは最後に見た……シーラの姿だけ。

シーラ……
オレは…………

…………

……

あっという間に無数の泡で、
サイナスの姿は見えなくなってしまった。

「……おかしい」

想定外だった。変化時間の長さだ。
変化自体は想定内だが、あまりに長すぎる。
カプセルが揺れ始めた。まずい。

「シェルター配備します!」

一際大きなボタンを押す。
赤と白のストライプが描かれた大きなシェルターが、
両側からカプセルを包み込んだ。
カプセルは中で激しく揺れている。
響くサイレン。怯える政府関係者。

緊急停止させるか?
いや、中途半端に止めれば、彼の命が危ない。
もう少しだ、もう少し--

その時だった。
バキョッ、という音とともに、
ドバァッと上からカプセルの水が大量に噴出した。

「なっ……!」
部屋中に降り注ぐ、養液の雨。
一通り放出が終わると、あたりは静寂に包まれた。

みな座り込んでしまっている。
シーラはゆっくりと立ち上がり、声をかけた。

「サ……サイナス?」

すると。
ゆっくりとシェルターが開き……

中から、彼が姿を現した。

「よかった……サイナス! 無事だっ…… た……」

驚くシーラ。
シーラはサイナスから出ている、何か凶悪なモノを目にした。

……まったく頭の整理がつかない。
明らかにあれは、尻尾では…なかった。

脳内にイメージすることで皮膚が硬くなったり、
爪が伸びたりという能力が身につくはずだった。

つまり、カプセルから出てくるときは、
外見上何の変化もない想定だったのだ。

まさか、サイナスのあの部分そのものが、肥大化して、
しかもそのままだなんて、まったく、考えもしなかった。

不安の中、復帰治療は続いた。
集中治療室の外で見守るしかなかった。

彼が目をさましたのは……、一週間後だった。
(つづく)


二人の過去編ですね。

シェルターのカラーリングだけで、
シェルターが大体どういうカンジかは察していただけるのではないかと思います。
ガッテンしていただけましたでしょうか。
ガッテンガッテン。

やっぱ、ベースがマジメなのがいいすなあ(笑)。
初めての続きモノですね。また明日。

セイソウのグングニル #06

今回のターゲットは年齢不詳。
サロン・ファンガールのオーナー、シャンカーン=ナカタ。
依頼内容によると、店の女の子を使って富裕層にハニートラップを仕掛け
大儲けしているらしい。

ネオカナガワでは、売春は法律で禁じられている。
しかし、この街において法律はあってないようなものだ。
金の折り合いさえつけばどんなサービスも受けられる。
清掃屋(スイーパー)が繁盛する世界なのだから、無理もない。

ニルが出かける前。どこか不機嫌そうなイヴァルディ。
「仕事なんだから……遊んでくるとか言わないでね」
「無駄な殺しは望まない」
「あ。まあ……そうか。そうね。そういう返事になるわね」
「なにか懸念でもあるのか」
淡々と準備をしながら返事をするニル。

「ねえニル」
「なんだ」
「出かける前に……」
「?」

「キス……とかさ」

「だめだ」

「……わかってる」
イヴァルディは深いため息とともに
奥の部屋に戻っていき、流れるようにベッドに入った。
少しうつむき、部屋を出る。

サロン・ファンガールは駅から少し離れた歓楽街にある。
呼び込みは激化しており、
少し近づくだけで上半身や下半身を見せるものもいれば、
ホバーカーに飛び乗ろうとするものもいる。
客をめぐってケンカが起きることも珍しくなく、
企業によっては、このエリアに近づいただけで
その社員を減給処分とする所もあるほどだ。

正攻法で店に向かうのは危険。
相手は裏世界で生きる人物。
自分のことが知られている可能性は否定できない。
近づいていることが感づかれれば、逃げられてしまう。

少し湿った自らの槍を雑居ビルに絡ませ、
あっという間に登っていく。

高台から街を見下ろす。
雑踏。炎。ネオン。煙。
ビル窓のあちこちから顔を覗かせる、様々な肌の色。
鼓動が高まる。

槍が、強くなるのを感じる。

遠くに、こじんまりとした店舗を見つけた。
ネオンには小さくサロン・ファンガールとある。
巨大ビルが並ぶ中にある小さな店舗。
言い換えれば、この程度の建物でも十分やっていけるということだ。
この小ささこそ、力の象徴である。

裏手にゆっくりと降り立つ。
シャワーの音が聞こえる。おそらく従業員だろう。
無防備に開いた窓の隙間に槍を差し込み、器用に開ける。
ためらいもなく、中に入る。

「えっ? 何?」
裸を見られるのは慣れているが、
窓から人が入ってくるのには慣れていない。
そんなリアクションを返す従業員。

「なんで窓から……」
疑問を口にしながら、ふと、槍に目をやる。

ひと目見て、わかった。
おそらく何かすれば、無事ではすまない。
いろいろなお客を相手にしてきたが、
何か言い得ない、殺気のようなものを感じる。
押し黙る従業員。
色白の肌。青みがかった黒髪。湯が滴る。

「ナカタは?」
「ち……地下にいると思う」

「わかった。すまない」
そのままシャワールームを通過して潜入する。

「……たぶんこの店、無くなるな」
従業員は水滴を拭き取り着替えると、
ほくそ笑みながらレジの金を掴み、逃げ出した。

地下へと進むニル。
一際大きな、フスマと呼ばれる
横に引くタイプのドアが待ち構えていた。

槍でノックする。音はあまり響かない。

「どうぞ」
中では妙齢の女性がお茶を飲んでいた。

「誰? 何しに来たんだい? そんな物騒なモノをぶら下げて……」
小さな菓子をひょいとつまんで口にする。
口の周りについたくずを、長い舌ですくいあげる。
シャンカーン=ナカタだ。
細身で褐色の肌。真っ白な和装に黒で描かれた桜。
黒い帯。すこし着崩している。

おもむろに立ち上がってこう続ける。
「……どっかで変な噂でも聞いたかい?うちらは何も」

「貴様には……逝ってもらう」

「あらあら、人の話も聞かないで……」
言い終わる前に、強烈なスピードで槍を繰り出し、引き寄せる。
ナカタが気がついた頃には、
ニルの腕の中に、ナカタは収まっていた。
「……!」

槍がゆっくりと下がり、獲物をとらえる。そして……

ドキュッ

槍を、突き立てた。
あっけない幕切れ。空気が凍りつく。

しかし--

「……くっくっくっくっ」
「!?」

ナカタは絶命どころか、突かれたまま笑っている。
もう一度、素早く槍を突き立てる。

ズシュッッ

「……はっはっはっはっはっ」
何がおかしいというのだ。今までこんな事は無かった。
もう一度突き刺そうと、一瞬槍を緩めたその時。

「さん、かい、めっ」

言うや否や、ナカタは懐に仕込んであった短刀で、
ニルの右肩を突き刺した。
「!」
パッ、と辺りに鮮血が舞う。
まるで大蛇の如く、ドドドッと槍が倒れる。

「惜しかったねえ…どうだい?痺れ薬の効果は」

とっさに距離を取った。肩に激痛が走る。体がいうことを聞かない。
必死に短刀を抜き、傷口をおさえる。

「いや……、あんたはいいモノを持っているよ……。昔を思い出すねぇ。
さすがの私も、ちょっと意識が飛んだからね」

ナカタがゆっくりと、近づいてくる。

「だがあんたは相手を見誤った」
うずくまるニルを見下ろし、
ナカタは、おもむろに和装をたくし上げる。

言葉では言い表せない、
何かうねりのようなものを見せつけられている。

「見たかい?この大きく波打った、私自身を……。
私は生まれてこの方、ずっと娼婦として生きてきた。
初めて体を売ったのは0歳の時さ。
もうとっくに……悦びなんてものは感じなくなっちまったんだ」

持ち上げた和装をおろし、後ろにあったドスを拾い、抜く。
すらりとしたうなじがのぞく。

「悪いねえ……でも、ケジメはケジメ」
ドスをニルに向ける。目を細め、一瞥する。
一歩、また一歩と近づいてくる。
絶対、絶命。

……しかし。ニルはこれで終わらなかった。

「ぐっ…!おおおおおおお」
ニルは力を振り絞り、立ち上がる。

「なんと……まだやれるというのか?
しかし何度突いてもムダだ!貴様の槍の形は覚えた!
私があんたを……再起不能にしてやる!」

「どうかな」

「なっ……」
槍でドスをはじく。ドスは弧を描き、タタミと呼ばれる床に突き刺さる。
一瞬ひるんだナカタ。そのまま、再度槍を突き立てる。

「……ふはっ!万策尽き果てたか?そんな粗末なもの、効かぬと言って……」

「甘い」

痛みをこらえ、意識を集中する。
槍の根本が膨らんでいく。
みるみる、みるみる膨らんでいく。
次第に光を帯びていく。

「なっ……」
「スペル・マグナム」

その瞬間。
膨らんだ部分が、一気にレールガンのように押し出され、
ドッ、とナカタを直撃した!

「ぐぅっ!!? こ、これは……」

巨大な液体の塊だ。
塊が体内を駆け巡り、中心部へ到達する。

ニルには、槍を通して見えていた。
中心部。
すっかり小さくなり、干からびた、
かつて、卵だったもの。
彼女が、昔に置いてきたもの。

「な、なにを…」

卵に向かい、1500億はあろうニルのDNAが一斉にとびかかった。
ドドドドドドドドドドドッ。
乾いた卵を覆い尽くす。次第に潤いを帯びていく。

ほどなくして、卵は完全なる復活を遂げた。

下腹部が重い。いやそれ以上に、何か言い表せない、
恐怖を越えた、期待感にも似た何かが押し寄せる。
「や……やめろ!お前、そんな……まさか」

「言っただろう。貴様には……逝ってもらうと」
「ひっ」
目の前で印を結ぶニル。

「着床」

「ぎゃあああああああああっっ!!!!!」
ギュルルルルルルルルルル!!!!
ニルのDNAが、
まるでイワシの魚群のように、大きなうねりとともに、
復元された卵に容赦なく次々とはいりこんでいく!

ナカタには見えた。
何かの鑑定額を見るかのように、カウントアップされていくDNAの数。
イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン……!

それは早期に悦びを失い、娼婦を演じてきたナカタにとって、
到底耐えることができない感覚だった。

激しい痙攣と共に体はまるで引っ張られたかのように伸び、
全身の穴という穴から液体が噴出する。
槍が抜き去られた今も、水圧によってネズミ花火のように回転していた。
その時間、およそ5分。

終わった頃、ナカタは完全に息絶えていた。
自分を取り戻したような、笑顔すら……浮かべて。

表から出ると、入れ違いで警察がやってきた。
ベテランの警部と目があうが、放っておくことにしよう。
ニルは、静かに帰路につく。

夜風が気持ちいい。今日は少し、そう思えた。


ていうかこの世界の人たち本当に頭おかしいな。
でもなんか、アダルトコミックの文法ってそうだと思うんですよね。
頭がおかしい。そして話が早い(笑)。
けどねー、そういうのすごいスキなんですよね。

昔内村プロデュースって番組がありまして。
今でも、自分の中ではバイブル的存在なんですけども、
無理難題をすぐ受け入れるっていうお約束があって。
ウッチャンの出す無理難題にさまぁ~ずやTIMがすげー文句言うんだけど、
すぐ「まあそうか」「なるほどね」「新しいね」とか言って。受け入れちゃう。
それがすげースキでなあー。
だからまあ、都合よく動く、
そういうマンガの文法が心地いいんでしょうね。
ギャグマンガも思えば、そういうカンジですね。

何を冷静に分析してんの。
イチ、ジュウ、ヒャク、センじゃねえよ。なあ。

セイソウのグングニル #05

THE FUDGE(ファッヂ)。
一卵性の双子。彼女らのユニット名。仕事はモデル兼ミュージシャン。
長身で大柄な体型。丸みを帯びたふくよかな体。
奇抜なメイク。奇抜なパフォーマンス。

ひと昔前ではとてもモデルに向かない体型だが
個性が重視されるこの世界で、
彼女らはひとつのファッションアイコンとなっている。

「めちゃくちゃ有名じゃない……セレブ中のセレブね」
イヴァルディがそうつぶやく。
街中のホログラム・シアターで彼女らを観ない日はない。
「……わからん」
ニルはヒマとなればトレーニングをしている。
趣味らしい趣味はない。あまり世間への興味はない。

「もう……これから会うのに。依頼人の事くらい気にしたら?」
「成功の秘訣は知りすぎない事だ……余計な感情はミスを招く」
「そっけないわね。何にも興味ないのかしら」

ため息をつくイヴァルディを横目にやり、今日もまた、淡々と出かける準備を進める。

「ねえ……本当に行くの?何かのワナかも」
イヴァルディは不安に感じていた。依頼はファッヂ本人から。
そして、空中庭園(グラズハイム)行きのチケットが同封されている。
いつもの仕事とは、明らかに毛色が違う。
「仕事は仕事だ」
「……そう。でも……気を付けて」

駅。CENTERと書かれている。

駅には2つの役割がある。
ひとつは地下鉄。庶民の足。
もうひとつは空中庭園へ行くためのデパーチャー・ゲート。

地下鉄は無人のリニアが23時間動いている。
ホームレスはいない。格好のストレス解消相手になってしまうからだ。
また、1日1時間高熱のスチームによって、
まるで食洗器のように構内が洗浄されるため、どのみち定住することはできない。

なお、故障以外で遅延したことはほとんどない。
ドアに何か挟まっていたとしてもそのまま運行される。
挟まった何かは別の何かに挟まれ、勝手に取れる。
人であっても。

対してデパーチャー・ゲートは非常に綺麗だ。

ゲート内のラウンジはそれほど賑わいを見せておらず、物静かな佇まい。
それもそのはず、厳格なセキュリティが施されており、
入れるのは空中庭園の居住者から許可を受けた者だけ。
侵入者はすべて、無人兵器により銃殺される。

依頼書に同封されたパスキーを使い、ゲートを通る。
武器の持ち込みは厳禁だが、
グングニルの持つ”槍”は武器とはみなされないらしい。

ゲートを越え、ラウンジを通過した先にある、殺風景な部屋。
中央には大きなワープ空間がある。
この空間に入れば、すぐに空中庭園へ飛べるというわけである。

少し、ためらう。
しかし……依頼人が待っている。

足を踏み入れる。
ブワッと、一瞬宙に浮くような感覚を覚える。
気がつけばもうそこは空中庭園、上層である。

ゲートを出る。
都会的で、とてものどかな光景。
明るい太陽。澄み渡る空。生茂る木々。噴水。蝶が舞っている。まず下層では見ない光景だ。
少し歩くと田園風景も見られる。
上層では自分たちの食べる物を上層で作り、共有しているのだ。
昔ならともかく、今や天然の物が食べられる事ほどの贅沢はない。

しかし、ニルがここを訪れたのはあくまで仕事だ。
ファッヂ達に会わなければ。
何より、パスキーの効果が切れてしまうと下層へ強制送還されてしまう。
待ち合わせ場所へ急ぐ。

待ち合わせ場所はとある建物の会議室だった。
槍でノックする。中から声がした。

「入って」

真っ白な部屋。
机と椅子、そして水。
中央に座っているのは、ファッヂの妹、ズーカであった。
「おかけになって」
神妙な面持ちでニルに座るよう促す。
警戒するニル。

ズーカはそっとほほえみ、
「殺すつもりならとっくに殺してる」
と告げた。
セリフは強烈だが、何か安心めいたものを感じたニル。
椅子に座る。

深いため息をした後、なにかを決意するように、こう言った。

「姉のヤーダを……始末してほしいの」

ニルは冷静だった。
いかなる依頼も受けてきた。家族間の殺しも当然あった。
ただ、今日は普通でない何かを感じていた。

「ヤーダはどこにいる?」

そう聞くと……何もないところから、すうっと、ズーカにそっくりな女性が現れた。

「ヤーダです」

そっと頭を下げる。足下が少し消えているのがわかる。
ホログラムではないだろう。
今のホログラム技術は、本物と区別がつかないくらい、もっと鮮明だ。

「これは……」
「そう、幽体離脱」

ヤーダが説明する。
ホログラム・ライヴのパフォーマンスでホバージェットを使い
空中を飛び回ったズーカ。
しかし機器トラブルでズーカは落下してしまい、
ヤーダはその下敷きとなってしまった。
ズーカは一命を取り留めたものの、ヤーダは死亡。
落下した瞬間にライヴ配信は取りやめとなり、
誰もがヤーダの安否を心配した。
しかし…

「私はとっくに死んでいる。今ファンに見せているのはデータ化された私」

そう、ユニットパフォーマンスは再開され、今も続いているのだ。
死んだことを隠したまま。

ファッヂのパフォーマンスは多くの人を魅了し、元気を与えている。
そしてプロジェクトは日に日に大きくなっている。
ただ、止められない最大の原因は、金でも、名誉でもなく、

「私が中途半端に生きているから」

ヤーダは、うつむいてそう答える。
どこか、無念さの残る声。

ズーカはヤーダを直視できず、肩を震わせ泣き出している。
無理もない。機材トラブルとはいえ、彼女が上に落ちたせいで死んだのだ。
自分が死ねば良かったのにと、どこかで思っている。

そして2人とも、こう思っている。

魂ある限り、いつか、
ヤーダは生き返れるのではないかと。

しかしその日はこない。
すでにヤーダの体は内密に焼かれ、埋葬されている。
わかっているのだ。
わかり切っている。
それでも、どこか諦めきれない。

「でも……もう終わりにしたくて」

ヤーダの後に、ズーカが続ける。
「一生彷徨い続けるのも彼女のためにならない……だから、
凄腕の清掃屋(スイーパー)なら……もしかしたら殺す方法を知っているのかと思って」

少し考えて、ニルは答えた。
「やってみる」

立ち上がるニル。
ヤーダの前に立つ。
すらりと伸びた槍。
期待なのか、別の感情か。高揚するヤーダ。

「準備はいいか?」
「……はい」

「貴様には……逝ってもらう」

精神を統一する。
冥界を意識する。
次第に……槍に光が灯り始める。
段々と輝きが増していく。
ヤーダと波長がシンクロしていく。
怒張が同調していく。

気がつくと、ニルの槍はヤーダの足下と同じ色になっていた。
向こう側が、見える。
現代に生きる死神とも言うべき、清掃屋(スイーパー)。
その因果と、この槍が、まさに冥界との接触を可能にしたのだ。

ヤーダはすべてを悟り、初めて、穏やかな顔をしてこう呟いた。

「逝かせて。ください。」

まばゆい光の中、ヤーダをひと想いに貫いた。

「ぐっ…… ああぁ………」

ヤーダの笑顔。
体を震わせながら、ヤーダはゆっくりと昇天していく。
ズーカはその日初めて、ヤーダと目を合わせた。
その目には、新たな決意が宿っていた。

そしてニルは、まるで何も見なかったと言わんばかりに、
その場から姿を消したのだった。

--翌日。

「ファッヂ再始動だって……ソロプロジェクトで」
イヴァルディの声で目覚めるニル。
「そうか」
「あれ?ちょっと嬉しそう?」

静かにソファを立ち、ベランダに出るニル。
薄暗い空を見上げながら、ニルは今日も素振りをするのだった。


ワタシの中では、サイト設営当時から、
まあサイトウニガミでもそうですけど、
なんか、創作におけるジェンダーやらなんやら、
ヒューマニズム的な考え方についてはうすーい決まりがあって。
何でも受け入れるっていうのと、
そういう要素が入ってるといいな、ってのと。あって。

だからその、性悪クソ女でも、種付けおじさんでも、性別不明のドラァグクイーンでも、
等しく、槍に突かれたら死ぬべきだと思うんですよね(笑)。
そこに差が無いっていうか。倫理とそこって別だし。

わかりにくいかなあ。
例えば、身体にね、不満足なハンディキャップがあったとしても、
5股とかしてたら、もうお前しゃべるおちんちんじゃん、と思うんですよね。
サウスパークかよ、みたいなそういう。そういうことっす。

そう思うのって、根底に経験があります。
身体的特徴や性的特徴と、人格って、
関係ねーよなーと、働いてて思うことしきり。ははは。

セイソウのグングニル #04

日常。毎日のように届く依頼書。そして報酬。
依頼をさばくのは、イヴァルディの日課。

イヴァルディは、空中庭園グラズハイムの政府建屋に席があり、
本来の住まいもその周辺にある。

しかし今は、理由あって清掃屋(スイーパー)ニルとともに
この下層ビルの一室で毎日、寝食をともにしている。

事務所兼住居。
イヴァルディの部屋。クローゼット、ベッド、テーブル。
なんとも女っ気のない部屋だ。
テーブルを使うときはベッドに座る。
テーブル上にはタブレット端末とキーボード。封書。素っ気ないカップ。
枕元には妙に頭身の高い猫のぬいぐるみが置いてある。作りは良くない。
デスクもあるが、使われていないパーソナルコンピュータと
ビデオ・フォンが置かれている。
すべてニルの持ち物だが、埃をかぶっている。
そう、この部屋は元々、ニルの部屋なのだ。

今ニルはリビングで生活している。
革張りのソファがベッドがわり。
お気に入りの服はポールにかかっており、それ以外は雑然としまってある。
そして長いテーブル、古いテレビ。電池の切れたリモコン。

「おはよう。……行儀悪いわね」
テレビの電源を自慢の槍で押すニル。

ニルはニュースを見ながらプロテインを補給する。
イヴァルディは”泥水よりマシ”というコーヒーを飲み、パンを食べる。
おはようと言っても、実時間は昼だ。
夜に仕事をするのだから無理もない。

なお、昼間が澄み切った空かというと、そうではない。
スモッグに覆われていつも薄暗いのだ。
対して夜はというと、月の映像がスモッグに映し出される。
なんでも、先の戦争によって月は消滅したらしい。
そこで時間の経過を示すため、そして月が恋しい人々のために、
政府があえて、月を映している。
月は夜のアイコンだが、何よりもロマンチックで神秘的だ。
いつも暗いこの世界に生きる物にとって、
月は安らぎを与え、街のネオンともマッチする大事な明かりなのである。

話を戻そう。
昼過ぎからはイヴァルディ、ニルともに自分の業務に打ちこむ。
イヴァルディは受け取った依頼をさばくほか、金銭管理なども行う。
一応のけじめとして、スーツを着る。
ニルは、トレーニングに明け暮れる。体が資本というわけである。

イヴァルディが外出する時は、必ずニルが送っていく。
特に治安が非常に悪いエリアでは、イヴァルディを小脇に抱え、
槍をまるでフックのように使い、ビル間を飛び回る。
イヴァルディはこの時間が好きらしいが、
ニルはそれに気がついていない様子だ。

日中のワークを終えた後は、夜を迎える前に腹ごしらえをする。
ほとんどが、外食。
屋台がひしめきあう商店街で好きなものを食べる。
スーパーもあるにはあるが、生鮮食品はほとんど売っていない。
何より、家ではまともに飲める水が出ないのだから、
料理すること自体、かなりリッチな趣味なのである。

ヌードルショップMEIJINはいつも盛況だ。
「ナニニシママスカ」
旧式のロボット店主が聞いてくる。”マ”がひとつ多い。
中身はうどんにとても似ている。
トッピングを沢山頼もうとすると
「フタツデジュウブンデデスヨ」と声をかけてくる。
昔からお決まりのセリフだが、ただそれだけではない。
沢山頼む輩は食い逃げをする可能性が高いからだ。
いつでもガトリングを掃射する準備はできている。

イヴァルディは巨大なエビ天。ビール。そしてヌードルは大盛り。
ニルは決まってタマゴと、チキンを乗せる。
「これ、本当のエビなのかしらね」
もったりしたエビ天をハシで持ち上げ、しげしげと見る。
「そんなエビはいない」
「そうね……でも味は悪くない」
街に来たての頃のイヴァルディは、
暮らしに馴染めず食事もままならなかった。
今やすっかり溶け込んでいる。

「ねえ」
ふいにイヴァルディがニルに聞く。
ほんの少し、酔っているようだ。
「なんだ」

「今も……あたしの事、恨んでる?」

「またそれか」
「答え、聞いてないから」
「恨んでない」
「本当に?」
「他に言いようがない」
「何それ」

静かに席を立つニル。
「ねえ!」
槍をとっさに握るイヴァルディ。
槍の先から何かが少し出て、通行人にかかる。
「ごまかさないで。あたし……」
「恨んでなんかいない。むしろ」
「むしろ?」

「……時間だ。いくぞ」
「あっ……ねえ! ちょっと! 置いていく気!?」

足早にその場を去る。

ここからが本当の仕事だ。
ニルはスーツに着替え、己を奮い立たせる。
イヴァルディは、ニルにすべてを任せるのみである。
自ら直接、殺しに加担しない。
ただじっと、事務所でドライ・ランドリーをかけながら
彼の帰りを待つ。

今日は2時間ほどで帰ってきた。
ターゲットは女性、20代後半。名前はワカノ=ウカタ。
普段はゴシック姿で占い師をしていた。
訪れた客を殴りつけ、昏倒しているスキに違法薬物を摂取させて
薬漬け状態にし、無理やりドラッグの上客にして金を奪っていた。
自分の師匠や育ての親をも手にかけていたらしい。

帰りがけのところを槍でひと突き。
危なげもなく、一瞬だった。

「お見事……ね。さすがグングニル」
「やめろよ」
「そんな事言って……意外と気に入ってるくせに。その名前」
「……」

シャワーを浴びる。ストレッチをする。本を読む。就寝準備。

「ねえ。さっきの話なんだけど」
思い出したようにイヴァルディが切り出す。
すでに寝息を立てているニル。

「……もう」

仕方なく、ぬいぐるみを抱いて横になる。
また昼に起きるのだろう。
でも、こんな生活も悪くないと感じるイヴァルディであった。


日常の回ってスキで。どんな作品でも。
ドラゴンボールで天下一武道会が終わった後、
悟空とみんなでメシ食うとか、あるじゃないですか。
ああいう普段描写って、なんかいいんですよね。

ずーっと頑なに、槍がぶらんぶらんしてますけど。
あっちなみに、前回の話の中で、
「槍の先に帽子を被せてる」って一文があるんですけど、
それを入れるか入れないかで半日悩みました。
悩み方が頭悪い。

セイソウのグングニル #03

「最近依頼が増えたわね……」
イヴァルディがこぼす。

「お金貯まるのはいいけど……たまには買い物でも行きたいな」
「そうだな……」
「ねえ、ニルはそういうの……ないの?」
「何がだ」
「例えばその……さ。好きな人と出掛けたり」

少し間があく。
「無くは……ない」
「何それ?」
「……」

「……はあ」
少し呆れた調子のイヴァルディが依頼に目を通す。

「うっ……、これ」
「どうした?」
「ターゲットは40代後半……男性、体格は170cm・90kg程度……」
「男性……」
「名前はベイン=オオタ。街の女性を催眠状態にして襲う通称……”種付けおじさん”」

「種……なんだって?」
「何度も言わせないで。種付けおじさんよ。政財界の大物の娘を手籠にしたとか……」
「やり手だな」
「あなたが言うなんてね。……やれるの?」

「無論だ。だがまずは、居場所を掴まねば」

お気に入りの黒いスーツ、ワインレッドのシャツ、短めの黒いネクタイ。
持ち物は事務所のカードキーのみ。
獲物である”槍”は、普段は後ろに回して尻尾のように見せている。
先端にはイヴァルディが作った、ファーのついた帽子が被せてある。

槍の先端を覆っているため、何も問題は無い。
そうして彼は今日も、獲物を探す。

中心街。
駅は目の前。大きな広場。地面に白線の跡。
今となっては、その白線に意味を求めるものはいない。
ひしめく人、人、人。行き交うホバーカー。ホログラム広告。レーザーネオン。
屋台の匂い、香水の匂い、乾物の匂い、薬品の匂い。
水は高値で取引され、水より安いアルコールが飛ぶように売れる。
生花は宝石よりも高価で、まず下層の人間には手が出せない。
雑多な音楽がそこらじゅうで聞こえる。

そしてここにいる誰もが、ネットの繋がりだけでは満たされなくなっている。
出会いと刺激を求めて、今日も人は街をさまよう。

「ようシッポのにいちゃん!どうこれ!見ていきな!」

屋台でガラクタを売る女。
薄いピンクのバクハツ頭。まるでパンダのようなアイライン。無数のピアス。
体中の傷に縫合の跡。破れたTシャツ。はだけた胸。
若い見た目だが、あぐらをかきまるで老婆のようにキセルを蒸す。
名は、オクラル。

「……」
「なんだいノリ悪ぃな。それともアレ?例の名前で呼んじゃう?」
「……っ」
「まま、そういう顔すんなって。欲しいんだろ?いつものやつ」
「ああ」

「入んな」

屋台を放り出して裏の店へ連れていくオクラル。
中には大量のサーバとモニタが山と積まれていた。
彼女の本当の仕事は、情報屋だ。

「さて……今日は?」
積みあがった電子機器の前に座るオクラルは、
さながらどこかの仙人のようだ。

「こいつを探している」
種付けおじさんの写真を見せる。

「なんだ……あんた、本気か?」
ニルが探しているということは、
ほぼ間違いなくそいつを殺すということだ。
オクラルにはそれがわかっている。

どう殺すか、という事も、わかっている。

「まいっか。そいつ……は、この近辺のアパートに住んでいる。地図は……」
どこからか引っ張り出してきたキーボードをチャカチャカと打つ。
タバコのヤニで見事に変色している。

タン、とリターンキーを押す。
ぎぎぎっ、ぎぎぎっと古びた感熱紙のプリンターが紙を吐き出す。
ぞんざいに千切られた紙切れを受け取るニル。

「そこに行けばいい。まったく今時、端末も持ち歩かないなんて……」
端末とは、携帯電話の事だ。
スマートフォンのような端末もあれば、ガラケーのような端末もある。
おもちゃの携帯にチップとモニタを埋め込んで使う者もいる。

「……支払いは後日」
「毎度どーも!……それにしても」

おもむろにニルの元に近づくオクラル。
そっと槍を手にし、すりすりとやさしく撫でていく。

「ほんっとうに立派な槍だねぇ……。このむせるような香り……」
すこしとろんとした表情でやわらかな槍を頬に当てる。
「この体で一度、お相手してもらいたいわぁ……」
何かスイッチが入ったように、
ぎゅぅっと、槍を愛おしそうに抱きかかえ、顔を密着させ、深呼吸する。

「相手……してやろうか?」
そう言われ、はっとするオクラル。
「いや、冗談!シャレにならん!死にたくないわ!」
槍から手を離す。

「……まあ、今際の際にはお願いしたいもんだね」

オクラルの店を後にする。
目指すは、種付けおじさんことベイン=オオタの住処。

あっさりとたどり着いた。
セキュリティも何もない、昔ながらの古いアパート。
下層の貧民は未だに電子ロックのかからない家に住んでいる。
下水の臭い。じめついた空気。

…いる。

戦闘態勢に入る。
さっきまでシッポのように大人しかった槍が、
次第に強力な硬さを帯びてくる。
静かにドアを、槍でノックする。
返事がない。
だが、確かに人の気配がする。

「失礼」

そう言うとニルはドアを突いた。
バキョッという音とともに、カギとチェーンが外れる。

「!」
中には、精気を失いぐったりした様子の少女が数人いた。

その横で、ベッドに座りパンツ一丁でタバコを吸う1人の男。
「……なんだ?」
間違いない。こいつだ。
こいつが、種付けおじさん。

男はゆっくりと立ち上がる。
ゴキゴキと首を鳴らすと、ニルの容姿を見て
「なんだ……仲間か」と言い、ニヤリと笑った。
「あんた強そうだな……。何が目的だ? ……オレと一緒に楽しみたいのか?」

「貴様には……逝ってもらう」

「そうか」
男は笑みを強める。くすんだ歯がのぞく。

「だが私にそれができるか……なっ!?」

言うなり端末の画面をかざしてくる種付けおじさん。
妖しいピンク色の光がニルを襲う。

「ぐっ……!」

催眠アプリだ。
相手を都合のいいように動かすことができる、都合のいいアプリ。
まさか実在したとは。

「さあさあさあさぁああ! お前も言いなりになれぇッ!!!」
光はどんどん強まっていく。
「ぐはっ……! ご……ご主人……さ…………」
「ふわーーははははは!!!! さあ!貴様も従順なメイドになれ!! そして闇市で貴様を」

ドジュッ
「ほぅっ!!?」

まるで、時間が止まったような気がした。
静寂。
持っていた端末が、手から滑り落ち、ゆっくりと落ちる。
槍は、大きく弧を描き、後ろから種付けおじさんを貫いていた。

「な……ぜ……」
だらりと崩れる種付けおじさん。
どこか明後日の方向を見つめながら、ゆっくりと話す。

「さっ……催眠アプリは、完璧の……はず。なのに……どうして……」
「簡単なことだ。意識の一部を槍に転移させた」
「そん、な……。本体は……抜け殻だった、と……言う……のか」

「さあ……止めだ」

串刺しにしたまま、手も使わずに種付けおじさんを持ち上げる。
種付けおじさんは痙攣をおこすばかりで、身体中が動かない。
手足を大きく広げ、息を吸うニル。

「罰だ」
そう言うとニルは、全神経を槍に集中させた。
槍の根本が淡く光り、次第に肥大化していく。

「スペル・マシンガン」

刹那。
ズドドドドドドドドドドドドドッ--
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!! 」

まるで禁忌の魔法(スペル)が如く、
バリウムにも似た大量の液体が、力強く、体内に叩き込まれた。
体内を高速で飛ぶ液体は骨を折り、内臓をつぶし、容赦なく広がっていく。
ボコボコと音を立て、腹がどんどん膨らんでいく。
「あばばばっばばばっばばばばば」
そして--

「がっ」

ドーーーーン……

くぐもった破裂音とともに、種付けおじさんは爆散した。

意識を取り戻す少女たち。
気がついた時すでにニルは、いなかった。

少女たちはどこか英雄の匂いを感じ、帰路に着くのだった……。


キライなんですよね、種付けおじさんが。
なんか気持ち悪い。
そんなおじさんいたらイヤじゃないですか。
だから殺しました(笑)。

いや正確には、なんか、あの、
不自然な気持ち悪さのおじさんがね、
いるじゃないですか。
わかります?進撃の巨人の後半に出てくる、みたいな顔の。
顔が過剰なやつ。そういうのが苦手です。

せっかくの空想世界なので、
相手はかわいいか、イケメンがいいですね。
まじめか。